夢を結ぶ

ヒノ望43

消えてしまったはずの迷宮。
その奥にある扉はかつて見たことのあるもので、本当なら警戒するべきもののはずなのに、気づけば手にしていた輝く鍵で扉を開けていた。
ぐにゃりと歪む視界。
遠のく意識。
覚えのある感覚に意識がはっきりしてくると、そこが見慣れた我が家だと気がついた。

「あれ? 家? さっきまで迷宮にいたんじゃ……」
明るい陽射しに今が日中なのだと理解するが、先程までいたはずの場所からの突然の移動に違和感が膨らむ。

「望美? どうしたんだい?」
「うん……あのね……」
聞き慣れた声の問いかけに、素直に答えかけて……ハッと言葉を止めると後ろを振り返った。

「ヒノエくん? え? どうして……」

「まるで白昼夢でも見ている顔だね。どうしてって、お前の実家に一緒に来たんだから当たり前だろ?」

「実家?」

「慣れない子育てで疲れてるのかい? お義母さんの誘いに応じて正解だったみたいだね」

ヒノエが何を言っているのか全く分からずにクエスチョンマークを頭に羅列させていると腕の中の重みが消えて、彼に抱かれた赤子に目を丸くする。

「赤ちゃん? え、どうして?」
「どうして……って、俺とお前の宝物だろ?
そんなに大変だったのなら言ってくれてよかったんだぜ」

ヒノエの腕に抱かれた赤子は、彼を映したかのような鮮やかな紅い髪で、機嫌良さそうにきゃっきゃと笑った。

「ひとまずは家に入ろうぜ。今日一日はお義母さんの好意に甘えて、久しぶり夫婦水入らずの時間を楽しもう」
「夫婦? え? え?」

さあと促されて家に入るも、夫婦とか子どもとかとにかく驚きすぎてまったく展開についていけない。
その後出迎えてくれた父と母は望美が見知っている両親と何ら変わらず、けれども当たり前のように赤子を抱きながらヒノエと話をしていて、望美だけがただ茫然とその光景を見守っていた。

「じゃあ、行こうか。せっかくの貴重な時間だ、姫君のご要望にお応えするよ?」

「えっと……」

「まずは駅に向かおう。細かい予定は歩きながら考えよう」

お願いしますと頭を下げたヒノエに倣い頭を下げると、赤子を抱いた両親に見送られて外に出る。

「最初はお前が行きたいって言ってたカフェはどうだい? そこで今日の予定を立てよう」
「う、うん」

どんどん進んでいくことに戸惑いつつも流されているのは、隣にいる人が誰よりも安心できる人だから。
こことは違う時空の先で出会った大切なひと。
この先もずっと一緒にいたいと、初めて思ったひと――。

「――違う」
「望美?」

足を止めると訝しげに見つめるヒノエを見て、夢なんだと唐突に悟る。
そう、これは夢。
前に同じように禁断の扉の先にあった、ヒノエや朔らと同じ学生として学校に通っていたあの夢と同じ。
これもきっと禁断の扉の先の夢なのだろう。
この夢が普通に眠って見る夢と同じなのかはわからないが、ずっとここにいることはできないだろう。
その証拠に望美が夢だと自覚した途端に、少し色あせてきたのはきっと気のせいではないはず。

「ヒノエくん、待ってて。あなたのところに帰るから」
「望美?」
「帰って、真っ先に伝えたいの」

お誕生日おめでとう。
今日は彼が生まれた大切な日だから。
大好きな人の夢は幸せだけど、今は現実のヒノエくんに会いたい。
真っ先に言祝いで、大好きな笑顔を見たいから。

目をつむるとぐにゃりと地面が歪んで落ちて。
目覚めると、そこは見慣れた本宮の天井。
身を起こして腕をまっすぐ上に伸ばすと、身支度を整えに立ち上がる。
海の上にいるヒノエが帰るのは今日。
さっきの夢はきっと待ちきれなくて、ヒノエに会いたくて見てしまった夢なのだろう。

「あ、でも、この世界だと夢を見るのは、相手が想っているんだっけ?」

ならば夢を渡ってきたのはヒノエなのか?
そんなことを考えて、どちらでも構わないかと髪を梳いていた櫛を置く。
だって会いたいと思うのは二人一緒……そう確信できるから。
だからいつも通りに奥方業に励んで、夜はとっておきの膳を作ろう。
愛する人のために。

2018/04/01
Index Menu ←Back Next→