表情には出なくても

ヒノ望38

「どうもこうも、びっくりしたよ。まだこっちの世界に来たばっかりなのに慣れきっちゃってるんだもの」

望美の言葉に、ヒノエは内心で苦笑を漏らす。
望美はヒノエが何も不安に思うことなく、この
異世界での暮らしを満喫しているように見えてるのだろう。
しかし現実は違っていた。
実はヒノエは必死だったのだ。
この異世界で望美に心配をかけないよう、変化など何もないかのように振舞うことに。

「ま、はるばる異国に来たんだから、満喫しな
きゃ損だろ?」

ふふっと笑って見せると、望美は半分呆れたように感心する。
今、口にした言葉も嘘ではない。
熊野にいた頃も、交易で遥か海の向こうの大陸にも出かけていたので、この異世界に対する恐れはなかった。
住まいも人の様相も全く違うこの世界は、逆にヒノエの好奇心を大いに刺激していた。
そしてなにより、京とは全く違う表情を見せる望美に、とても興味をひかれていた。

ヒノエ達の世界では、龍神に選ばれし清き神子姫と一目置かれ、勇ましく剣を振るい、戦場を駆け巡っていた望美。
そんな望美が、この自分の世界では年相応の少女の顔を見せた。
これこそが本来の望美の姿なのだろう。
学校に通うただの普通の少女――なのに不思議と興味は尽きなかった。
望美が見せる、今まで知らなかった顔をもっと
引き出したい。
そんな欲求をヒノエは抱いていた。

会話の合間に部屋を見渡す。
淡い色彩のカーテンに、いくつもの思い出が飾ったボード。
それらは望美の人となりを物語っていた。

「――あぁ、寝る前に長居して邪魔したね。そろそろ帰ろうかな」

ふと今が夜であることを思い出し、身を翻す。
この世界は夜でも『電気』によって明るいために、つい時間の感覚が狂うのだ。

(こんな時間にあっさり男を迎え入れる無邪気さに免じて、今日のところはこれで引いてあげるよ)

すぐ傍にあるベッドを横目で見ながらくすりと
微笑むと、ひらりと2階から飛び降りた。
そうして隣の仮住まいに戻りながら懐から携帯電話を取り出すと、ディスプレイに表示されている画面に口元を綻ばせる。
それは先程、望美の部屋で二人で映したものだった。
ヒノエのいた世界では写真などはなく、絵で描くしかないため、そのままの姿を残せるこの機械が面白かった。

「もちろん実物の方がずっといいけど、こうしているとまるでいつでもお前と共にいるようだからね」
望美自身に口づけるように唇を寄せ、ふふっと
笑む。
恋の駆け引きはまだ始まったばかりだった。

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