「……ん……」
差し込む光に朝の訪れを感じて目を覚ました望美は、目の前の紅に目を瞬いた。
「おはよう、俺の姫君。今日もお前は可愛らしいね」
「ヒノエくん? え? どうして?」
いつもならヒノエが先に起きているのに、いまだに床に寝転んでいる様に状況が呑み込めずにいるとくすりと微笑まれて、頬にかかった髪がすくわれる。
「忘れたのかい? 今日を俺と過ごしたいと言ったのはお前だろ?」
確かにひと月前、いつもより少し早く帰れないか聞いてはいた。
ただ、ヒノエが別当として忙しいことはわかっていたから無理強いするつもりはなく、少しでも
彼の誕生日を祝えたら……そんな思いで尋ねたものだったので、まさか休みを取ってくれるなどと思いもせず、望美はここ数日の彼の忙しさの理由を悟り、申し訳なさに眉を下げた。
「ごめんね、ヒノエくん……」
「どうして謝るんだい? 夫を労う奥方の優しい願いを叶えるなんて役得以外の何でもないさ。
それよりせっかく久しぶりに一日お前を独占できるんだ。どこか希望があるなら聞くよ?」
望美の想いを十二分に酌んで微笑んでくれるヒノエに、しかし望美は慌ててプランを考え出す。
元々仕事だと思っていたから、夜に少し張り切った食事を作ろうと考えていたぐらいだからだ。
「もしお前に希望がないなら、今日は俺に付き合ってくれないかい?」
「それは構わないけど……」
でもそれだといつもと同じで、彼の誕生日を祝うことにはならないのではないか?
そんな思いが顔に出ると、手を取られて、指先に軽く口づけられる。
「ずっとお前に熊野を見せたいと思っていたんだ。お前が終の棲家に選んでくれたこの地をね。それがようやく叶うんだ。
こんな最高な日はないだろ?」
確かに望美はまだ主に本宮付近しか知らず、いつも最高の場所だと彼が自負するこの地を知りたいと思っていた。
だからヒノエの望みは望美のものでもあり、さりげなく労わってくれる彼の優しさに、好きだという想いが溢れ出る。
「ヒノエくん」
呼びかけて、少し身を起こすと自分から口づける。
一瞬驚き目を丸くしたヒノエに微笑むと、心からの言祝ぎを贈る。
「お誕生日おめでとう。大好きだよ」