千日紅

ヒノ望34

紅に染まった木々。
その中をヒノエと手を繋ぎながら歩いていた望美は、少し休もうかという声に頷くと、手近な場所に腰かけた。

「今年もきれいだね」

「そうだね。でも俺は姫君の方がずっと……」

「はい、ストップ。口説き文句はいいから」

「つれないことをするね」

「烏の人たちが困るでしょ」

「あいつらは気にしなくていいって言ってるだろ? 邪魔するような無粋な真似もしないしね」

「私が気になるの」

護衛の烏たちを気にすることないいつもの調子のヒノエに、望美は頬を赤らめると、再び紅葉に目を移す。
嫁いだ最初の年は京で、翌年は熊野で紅葉を見たが、望美の元いた世界よりもずっと緑が豊かだからか、山全体が紅葉する様は圧巻で、自然と目が吸い寄せられる。
この世界に喚ばれたばかりの頃は、テレビや携帯はおろか、電気のない生活にカルチャーショックを覚えたが、住めば都とはよくいうもので、今ではこうして自然を楽しむ術を覚えた。

「まあ、夏はエアコンがちょっと恋しくなるけどね」
特に今年の夏は、大きくなり始めたお腹を抱えてだったので、食欲減退させてはヒノエに心配され、貴重な氷をもらったりと手間をかけさせてしまった。

「なんだい?」

「ううん。過ごしやすくなってよかったなって思ってただけだよ」

「ああ、ようやく姫君を外に連れ出せるようになって俺も嬉しいよ」

夏バテとつわりが重なり、かろうじて果物を少し口にする程度だったため、夏の間はずっと邸にこもりがちだった望美。
ヒノエとの初めての子ということもあり、とにかく大事をと、女房頭にさんざん口を酸っぱく言われていたことを思い出し苦笑すると、そっとお腹を撫でた。

「体調も落ち着いたし、これからはもっと動かないとね。中毒症になっても困るし」

「中毒症?」

「うん。ただ安静にしてるだけだと、逆に体に
良くないんだって。だからつわりが落ち着いたら、今までのように動く方がいいみたい」

「そういうことなら仕方ないけど、程々にで頼むよ」

「信用無いなぁ」

「今までが今までだからね。奥方を溺愛する夫としてはいつだって心配なんだよ」

心配といわれては嫌とも言えず、望美は素直に頷く。
源氏にいた頃も、熊野に嫁いだ始めの頃も、思い立つと即行動していただけに、そんな望美を知っているヒノエが身を気遣うのは当然だった。

「お前が望むならどこにでも付き合うよ」
「ごめんね、ヒノエくん忙しいのに」
「奥方とややこを楽しませるのも、夫と父の甲斐性ってね」

仕事の合間を縫って、紅葉狩りに付き合ってくれているヒノエ。
手を取り、身を気遣いながらのウィンクに、望美はもう一度お腹を撫でる。
初めての妊娠に不安もあったが、ヒノエはもちろん、湛快夫婦や別当家の人々が喜び大切にしてくれる様に、次第と気持ちは落ち着いていった。
もう二度と会うことはできないと思っていた両親にも、ヒノエと結婚して子供を宿したことを伝えられた。

「来年はヒノエくんと私と、この子で見られるね」
「どうかな。もしかしたらもう一人いるかもね」
「えっ!?」
「ふふ、冗談だよ」

軽口に驚くも、笑うヒノエに、望美も口を尖らせながら微笑む。

染まる山々。めぐる季節。
移り行く時の中で、変わるものと変わらないもの。
それらをこの先もこうしてヒノエと共に感じていくのだろう。

「ヒノエくん、大好きだよ」
「俺もお前を愛してるよ」
「だから、それ以上はストップ」
「はいはい、続きは夜のお楽しみってね」
「ちょ……っ」
「ふふ、お前は本当に可愛いね」

辺りの木々のように頬を薄紅に染めた望美を抱き寄せると、唇の代わりに髪に口づけを落とす。
穢れなき神子からヒノエの奥方、そして母となる望美だが、今でもこうして頬を赤らめ恥じらう初心な面が愛おしく、口説く言葉は尽きることがない。

来年も再来年もずっとこうして望美と紅葉を見よう。
移り行く時を共に感じ、生きていく。
奇異なる出会いがもたらした絆に感謝の念を抱きながら、望美を腕に抱き紅葉を見上げた。
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