Halloween

弁望100

すれ違う人々の普段とは異なる装いに、弁慶は
不思議な心地で街を歩く。
店もたくさんの橙色の飾りが施されていて、街
全体がハロウィンという行事に染まっているようだった。
初めてこの行事を見た時は目を丸くしたものだが、数年たてば慣れたもので、怪人のメイクを
施した男や、人気のキャラクターの衣装を身に纏った女とすれ違うことも動揺しなくなった。

「望美さんのためにお菓子を用意しましょうか」

店頭に並んだこの時期限定の菓子に、望美が目を輝かせる様が浮かんで微笑むと、買い求めて他の荷物とともに帰路につく。

玄関ドアを開けると、そこに並んでいた女性物の靴に、望美が来ていることを知る。
恋人である彼女には合鍵を渡していたから、弁慶が不在の時でも望美が家の前で待ちぼうけることはなかった。

「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、弁慶さん」

声をかけると、ひょこりと顔を覗かせた望美に
言葉を失う。
真っ黒な帽子にスティック。
それは絵本の中の魔女の扮装。
だが、絵本と大きく異なるのは、そのスカートの丈だった。

「あ、驚きました? これ、学校の文化祭で使った衣装なんです。家を片付けていたら見つけて、ハロウィンにちょうどいいかなと思って」

「まさかとは思いますが、その格好でここまで来たんですか?」

「違います。さっきここで着替えたんです」

この世界は弁慶の知る世界と異なり、女性が丈の短い衣を身に着けるのが普通であることは知っていたが、それにしても望美の魔女の扮装は丈が
短く、複雑な想いを抱く。

「弁慶さんは買い物ですか?」
「ええ。参考書を少し」
「本当に弁慶さんは勉強家ですよね」

異世界でも、景時の邸にあった彼の部屋は足の
踏み場のないほど書物があふれかえっていたのを思い出すと、ふふと弁慶が微笑んだ。

「ああ、街でハロウィン限定のお菓子を見つけたので買ってきました」
「え、本当ですか?」
「はい」
予想通りに目を輝かせる望美に苦笑すると、買い求めた菓子を袋から出そうとして、ふとあることを思いつく。

「そういえば、ハロウィンには決まり文句がありましたよね?」

「決まり文句って、もしかして『Trick or treat』ですか?」

「ええ。望美さんもそのような衣装を着ていますし、せっかくだから行事を楽しみましょうか」

袋に手を入れたまま、にこりと微笑む弁慶を不思議に思いつつ、それならばと彼に向って決まり
文句を告げる。

「Trick or treat」
ふわりと、目の前に琥珀色が広がって、唇にぬくもりが触れる。

「はい、甘いものです」
「べ、弁慶さん?」
「Trick or treat? 君は僕にどちらをくれますか?」

頬を染めた望美にすかさず自分も決まり文句を
告げると、慌て泳ぐ視線に微笑んで、もう一度甘い唇を味わう。

(無邪気な君には悪戯というおしおきをしなければいけませんね……)

弁慶の知らぬところでこのような衣を身に着けていたことへの不条理なおしおきを決めると、無防備にさらされた太腿へと手を滑らせた。
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