手と手をつなぐ、鈍色の、

弁望99

■このお話は愛蔵版発売前に書いたもので、公式と設定が一部異なります

「弁慶さん!」
嬉しそうに駆けて来る望美に、弁慶がふわりと
笑みを浮かべる。

「おはようございます、望美さん」
「おはようございます」
「今日という大切な日を、僕と過ごすことを選んで下さってありがとうございます」

弁慶の言葉に、望美はふるふると首を振って少しはにかんだように微笑む。

「誕生日を大好きな人と過ごせるのはとても嬉しいです」
その様があまりにも愛しくて、弁慶は軽く抱き
寄せるとそっと額に口づけた。

「べ、弁慶さん!?」
「今日は素敵な一日を過ごしましょうね」
慌てる望美にくすりと笑むと、手を取り駅へと
歩いていく。

着いた先は、海の見える落ち着いたカフェ。
以前、迷宮の謎を解くのに奔走していた頃も、
こうして弁慶に海の傍にあるカフェに連れて来られたことがあった望美は、不意に思い出して笑みをこぼした。

「どうしたんですか?」

「いえ、前にもこうして弁慶さんと二人で来たことがあったなぁと、思い出していたんです」

「そういえばそうでしたね」

「弁慶さんは海が好きなんですか?」

「別段好きというわけではありませんが、やはり自然を感じられる場所の方が気持ちが落ち着くんです」

確かに弁慶が居た時空では、この世界のように
文明が発達しておらず、沢山の自然が溢れていた。

「……懐かしいですか?」
問う望美の声色が沈んでいて、弁慶は驚いたように瞳を見開くと、すぐにふわりと微笑んだ。

「いいえ。こちらの世界には沢山の書物や瞬時に移動のできる乗り物など、魅力的なものが溢れていて、興味が尽きませんからね」

遥か向こうの時空でも、探究心旺盛な弁慶は常に書物に溢れた暮らしをしていたことを思い出し、くすくすと肩を揺らす。

「弁慶さんなら、図書館にある本全て読んじゃいそうですよね」

「かなうならば、そのまま何日でも過ごせたら嬉しいんですけどね」

図書館司書にでもなったら、それこそ毎日でも
寝泊りしそうな弁慶に、望美はほうっと安堵の息をつく。

「望美さん?」
「弁慶さんが選んだお仕事がお医者さんで、本当に良かったなぁと思っただけです」

荼吉尼天を倒し、この世界の龍脈の乱れを正した時、弁慶は元の世界へ戻らずに望美の傍にいることを選んでくれた。
本当にいいのかと問うと、「もしこのまま帰ってしまったら、もう二度と君に会うことはかなわないでしょう?」と、微笑んでくれた弁慶が嬉しかった。

「改めて……お誕生日おめでとうございます、望美さん」
「ありがとうございます」
「これを受け取ってもらえますか?」

すっと差し出された小さな袋を、望美が嬉しそうに微笑み受け取る。

「ありがとうございます。早速開けてみてもいいですか?」
「ええ」
同意を得て、ゆっくりとリボンを解き包装紙を開く。
そこに表れたのは、黒のビロードで覆われた
小箱。
そっと蓋を開いた望美は、息を呑んだ。
きらりと鈍色に輝く銀の輪。

「これ……」

「君は『学生』だから、正式に結婚を申し込むことはまだ出来ません。だけど君はとても魅力的な人だから、それまでに君が誰かに奪われたりしないように……」

箱から指輪を取りだすと、望美の左手を取り薬指へと通す。

「君が僕のものだという証です」
「弁慶さん……」

弁慶の薬指にも同じデザインの指輪がはめられていることに気づき、望美の瞳からぽろりと涙が
零れ落ちる。

「ありがとう、弁慶さん。すごく嬉しい……」
「君は僕のもの……そして僕は君のもの、です」

手を重ねて、そっと身を乗り出し唇をあわせる。
遥か向こうの時空とは違い、今すぐ夫婦とはなれないけれど。
二人の手に飾られた一対の輪が、きっと未来へと結んでくれるから。

「愛してます、望美さん……」
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