口にできないあなたの代わりに

弁望101

受験を終え、共に大学に進学した二人は、大学生活に慣れた頃熊野へやってきた。
あの世界よりもずっと歩きやすくなった道を歩きながら、望美はふと天を仰いだ。
望美の身長よりも遥かに高く伸びた木々は、辺りの音を飲み込み静寂を生んでいた。

「あれ? 弁慶さん?」
不意に道を外れて歩き出した弁慶に、望美が慌ててそのあとを追う。

「弁慶さん、どこに行くんですか? 波の音?」

「この丘は湾の上にあるから波の音が反響して聞こえてくるんです」

耳に届いた潮騒に首を傾げた望美は、弁慶の説明にそうなんですかと頷きつつ、どうしてそんな
ことを知っているのか不思議に思う。

「やはりありませんね」
「? ここに何かあったんですか?」
「ええ。僕の両親の墓が」
弁慶の言葉に、望美は驚き目の前を見た。

「弁慶さんのご両親の……」
「ああ、誤解しないでくださいね。僕はあまり親孝行な子供だったわけじゃないんですよ」

そう言って、何もない丘を静かに見つめる弁慶。
その姿が切なくて、望美はきゅっとその背を抱き締めた。

「望美さん……?」

どうしたのかと問う声に、しかしただじっと顔を押し付ける。
そんな望美に、そっと掌を重ねてぬくもりを分ける。

「……不安ですか?」
ふるふると首を振り、抱き寄せる腕に力がこもる。

「僕があの世界に戻ることはありません。僕の心は君に奪われ、もう一人でどこにも行くことは
できませんから」

「違うんです。そうじゃないんです」

遠いあの世界に思いをはせる弁慶に不安になったのだろう、と思っている彼に首を振って。
その身体をぎゅっと抱きしめる。
望美の傍を選び、この世界に残ってくれた弁慶。
彼は一度も寂しいと口にしたことはないけれど、それでも全てが異なるこの世界に不安を感じないはずはない。
あの世界に行った時の望美がそうだったのだから。

「……私はずっと傍にいます。弁慶さんを一人になんかしませんから」
望美の言葉に目を見開くと、ふわりと柔らかに
微笑んで。
腕を解いて振り返ると、そっと望美の頬を包み込む。

「ありがとうございます。君が僕を不要に思ったら、僕はここにいる理由をなくしてしまいます」

「だったら大丈夫です。私が弁慶さんを不要に
思うことなんて、この先一生ありませんから」

きっぱりと言い切って。
降りてきた唇をそっと受け止めた。
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