聖夜

弁望94

ぱたぱたぱたっ。
喧騒溢れる街中で、自分に向かってまっすぐに
駆けて来る足音に、弁慶は微笑み振り返った。
そこには彼が思い浮かべた通りの、愛しい少女の姿が。

「ご、ごめんなさいっ! はぁ……はぁ……
遅れちゃって……はぁ……」

「大丈夫ですよ。それよりも君の方がそんなに
息を切らして……」

「はぁ……はぁ……慌てて……はぁ……」

家から全力ダッシュをしたために、望美の息は
なかなか整わない。
しばらく荒い呼吸を繰り返した後、ようやく普段の呼吸に落ち着いた望美は、改めて弁慶に向き
直った。

「ごめんなさい、遅れちゃって。寒かったですよね」

「大丈夫ですよ。君からもらったこれがありますから」

そういって弁慶がコートの首元から少し引っ張り出したのは、望美が2月の弁慶の
誕生日に贈ったベージュのマフラー。

「使ってくれてるんですね」
「もちろんです。君が編んでくれたのですから」

愛しげにマフラーに口を寄せる弁慶に、まるで
自分が口づけられている錯覚に、望美の頬がぼおっと赤く染まる。

迷宮を解き、仲間が帰る中で、弁慶が一人この
世界に残って1年が過ぎた。
この世界に残ることを決めた弁慶は、まず職を
得るために高等学校卒業程度認定試験に合格すべく、有川家を出て一人暮らしを始めていた。
望美も大学受験を控えて受験生活に入ったことで、会う機会はぐっと減っていた中で、今日は
久しぶりのデートだった。

「前のクリスマスは、みんなと一緒でしたね」
「そうですね」

望美の世界を救おうと、時空を越えてきてくれた仲間たち。
彼らが滞在している時、皆でクリスマスパーティをしたことを思い出す。

「あの時、弁慶さんが江ノ島に誘ってくれて、
すごく嬉しかったんです」
「僕も君とのかけがえのない思い出を作れて、
とても幸せでしたよ」
突然の誘い、そして思いがけないプレゼント。
弁慶と2人きりでクリスマスを過ごせるなんて
思ってもみなかった望美は、何も用意することが出来なかった。

「あの時もらった花束、ドライフラワーにしたんです」

「ドライフラワー?」

「はい。水から離して、外で乾燥させるんです。色はあせちゃうけど、いつまでも飾っておけるんですよ」

嬉しそうに話す望美に、弁慶がそっと頬に触れる。

「そんなに喜んでくれるのなら、いつでも君に花を贈りたいですね」

「そ、そんなにいっつももらってたら、ありがたみがなくなっちゃいますっ!」

慌てる望美に、くすりと笑って軽く頬を撫でて
離す。

「では行きましょうか」
「はい」
弁慶に連れてこられたのは、落ち着いた色彩で
まとめられた喫茶店。

「前に連れて来てくれたお店も素敵だったけど、ここも綺麗ですね」
「君に気に入ってもらえて良かったですよ」

紅茶を傾けながら微笑む弁慶が、あまりにも周りのふいんきに似合っていて、望美は思わず見入ってしまう。

「望美さん?」
「あっ、はいっ!?」
「どうかしましたか?」
問われ、口ごもる。 まさか見惚れてましたなどとは、恥ずかしくて口に出来なかった。

「なんでもないんです。弁慶さんとこうして会うのも、久しぶりだなぁと思って」

「……そうですね。君の誕生日以降は、勉学に
追われ、会うこともままなりませんでしたからね」

話題転換にと振った話に、弁慶の顔が曇ったことに、望美が慌てて言い繕う。

「あ、その、ごめんなさいっ!」
「いいえ。望美さんが謝る必要などありませんよ」
にこりと微笑まれ、望美は気まずそうにちらりと上目遣いに見つめた。

「あ! そうだ、これ」
望美が取り出したのは、バッグと一緒に持ってきていた紙袋。

「僕に、ですか?」
「はい。昨年は何も贈れなかったから」

クリスマス後になってしまっても、何かお返しを……と、弁慶と連れ立って買い物に出かけた
ものの、結局はまた弁慶にブレスレットを贈られてしまった望美。
今年こそはと、受験勉強の合間を縫って、店を
渡り歩いたのだった。

「開けてみてもいいですか?」
「はい」
丁寧に包装を紐解いていくと、中から出てきたのは男物の靴。

「弁慶さん、よく出歩いてるから、もう一足ぐらいはあってもいいかなぁって思って」
「ありがとうございます」

今履いている黒の革靴よりも、少しカジュアルな茶の革靴は、ベージュのマフラーに良く似合っていった。

「では、望美さんにはこれを」
「え? 私にですか?」
弁慶から同じく紙袋を受け取った望美は、了承を得て包装を紐解いた。

「わぁ~可愛い!」
ふわふわのファーがついたロングブーツに、望美が嬉しそうに弁慶を見上げた。

「ありがとうございます!」

「喜んでもらえて良かった。君はスカートが多いから、その方がいいかな、と思ったんです」

「すごく嬉しいです!ブーツも、お揃いも」

望美の言葉に、弁慶が小首を傾げる。

「弁慶さんが選んでくれたのも靴だったなんて、何か考えることが一緒なんだなぁって思ったら、すごく嬉しくて」

「そうですね」

何気ないことなのだが、些細な合致が二人の絆を表しているようで、弁慶の胸も温かくする。

「僕はいつでも君のことを想っていますが、君もそうだとするととても嬉しいですね」

「もちろん、私だっていつも弁慶さんのこと想ってますよ。弁慶さんも勉強してるのかなぁとか、ご飯ちゃんと食べてるかなぁとか」

夢中になるとご飯を食べることも忘れてしまう
弁慶の性格を知り尽くしている望美の言葉に、くすりと微笑む。

「肝に銘じておきますね」
「本当ですよ? 約束ですからね」
すっと差し出された小指に、弁慶が己の指を絡める。

「――いつか、この指に続く未来を君に約束します。必ず……」
「え? なんですか?」
「いいえ。なんでもありませんよ」

呟きを隠して、笑顔を向ける。
遥か向こうの世界とは違い、いまだ職を持たない身では、望美と結婚など出来ようもなかった。
だから、本当のプロポーズは全てが整ったその時と心に決めて、誓いを胸に隠し微笑む。
いつか、必ず迎えに行くことを心の奥で誓って。
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