奇跡

弁望93

「私、そんなに言ってないかな……?」

それは、弁慶が大学受験に必要な『高等学校卒業程度認定試験』に合格した時のこと。
受験で思うように会えなかった彼の心変わりを
友人から相談され、自分と重なるその状況に望美は不安になった。
電話越しの弁慶の態度に誤解した望美は、待ち合わせた喫茶店で別れたくないと必死に弁慶への
想いを口にしたのだが。

「弁慶さんってば本当に意地悪なんだから」
その時のことを思い出して頬を膨らます。
勝手に別れ話だと誤解した望美も悪いが、それを知りながらあえて黙っていた弁慶に不満の一つも出よう。

「でも、元はといえば私が弁慶さんにあまり
『好き』って言ってあげてないからなんだよね……」

君はあまり口にしてはくれないから――、と申し訳なさ気に謝りながらも、嬉しそうな笑みを見せていた弁慶。
そんな笑顔を見せられたら文句を言うことも出来なくて、望美は羞恥とわずかな怒りを飲み込むしかなかった。

望美が弁慶と出逢ったのは、白龍によって連れて行かれた異世界の戦の最中。
柔和な笑みを浮かべる中性的な美しさに、ただ
綺麗な人だなぁと思ったのが第一印象。
それから薬師として京を憂う姿や、軍師として厳しい決断を下す姿など、様々な面を見るうちに、次第に気になる存在になっていた。

しかし、望美がその淡い恋心に気づく前に、弁慶は死んでしまった。
その姿を見ることもなく、死したという事実のみを告げられて――。
大火から一人生き延びた望美は、白龍の逆鱗で
時空を超え、みんなが生きている運命を上書くことを選んだ。
和議、鎌倉での茶吉尼天との戦い。
そうして数多の苦難を乗り越え、望美はやっと願った未来を手に入れたのだ。

「奇跡……だよね」

本来ならば出逢うことなどないはずの異世界の
弁慶に出会えたこと。
想いをかわせること。
それらは望美を神子にと選んだ白龍がもたらした『奇跡』だった。

「なにが奇跡なんですか?」
「え? 弁慶さんっ!?」
物思いに耽っていた望美は、驚き後ろを振り返った。

「いつ帰ったんですか!?」
「今ですよ。僕にも気づかないほど、何を考えていたんですか?」

じっと見つめられ、望美が口ごもる。
まさか弁慶のことを考えていましたとは、恥ずかしくて言えなかった。

「大したことじゃないんです! あっ、ご飯仕度途中だった! 急いで作るんで、弁慶さんはくつろいでてください」
背を向け、誤魔化そうとした望美を、背中越しに抱きしめる。

「べ、弁慶さん!?」
「だめですよ。さあ、教えてください」
言い逃れを許さない空気に、望美が観念して口を開く。

「弁慶さんと私が出会えたこと、そしてこうして今一緒にいられることは奇跡だなぁって思ってたんです」
望美の答えに、捕らえた腕を緩める。

「そうですね。でもその奇跡を作ったのは君ですよ」
「え?」
不思議そうに見返す望美に、弁慶が柔らかく微笑む。

「僕と君が出逢えたことは龍神がもたらした奇跡かもしれません。しかし今、こうして共にいられるのは、君が僕を選んでくれたからです」

きっかけは龍神の手。
だけど、その先の未来を紡いだのは2人なのだと。
そう告げた弁慶に、望美はくるりと向きを変えると彼をぎゅっと抱きしめた。

「弁慶さんが私を、私が弁慶さんを選んだから。2人で作った『奇跡』なんですね!」

幸せそうに微笑む望美に、弁慶が想いを込めて口づける。
今、共にいられるこの幸福は2人で作ったもの。
だからこの想いを言の葉にのせる。

「弁慶さん、大好きです」
「僕も君が好きですよ、望美さん」
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