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弁望89

「ねえ? 男の人って何あげたら喜ぶかな?」
望美の問いに、譲が表情を固める。

「お、男の人にって……弁慶さんにですか?」

おずおず問うと、譲の気持ちなど知らない望美が大きく頷く。
落胆する気持ちを隠しながらも、真面目な譲は
恋敵への贈り物を一緒に考えてやる。

「弁慶さんの興味があるものといえば書物でしょうが……あまりにも専門的過ぎて、何を買えばいいか分かりませんよね」

「それに専門書ってすごく高いんだもん」

一応は望美も考えたようで、しかしながら懐と
相談して諦めたようだ。

「食べ物にも特に執着はないようですし、洋服もそうですし……何がいいんだろう」
「譲くんなら何を貰ったら嬉しい?」
「俺は……」

真剣に問う望美に、ちょっとためらいながらも
口を開く。

「俺なら……自分を想ってくれるものなら何でも嬉しいですけど。でも、その人からしかもらえないようなものなら、もっと嬉しいでしょうね」

「その人だけしかあげられないもの?」

譲の答えに、望美はう~んと頭を抱える。

「でも、きっと先輩があげるものなら何でも喜んでくれると思いますよ?」

「うん……そうだと思うんだけど。やっぱりすごく喜んでもらいたいから……」

真剣に思い悩む望美の姿を、譲はちょっと寂しげに見守る。

「アドバイスありがとう、譲くん! 私にしか
あげられないもの、考えてみるね!!」

にこやかに微笑んで去っていく望美の姿を見送っていた譲の背に、将臣の呆れた声が響く。

「な~に恋敵へのアドバイスなんかしてやってんだよ」
「聞いてたのか? 兄さんも人が悪いな」
自分へ質問が及ぶのを避けて隠れていた将臣に、譲が苦笑を返す。

「お前、あいつにしかあげれねーものっつったら、あいつ自身ってのも有なんだぜ?」
「あ……っ!」
将臣の指摘に、譲が青ざめる。

「京と違って避妊も出来るし、やることに問題ねーもんな」
「兄さん!」
将臣のストレートな物言いに、譲が顔を赤らめる。

「ま、あいつが選んだ男だ。見守ってやろうぜ?」
「……ああ」
寂しそうに笑う将臣に、譲も眼鏡を直しながら
頷いた。

* *

「私にしかあげられないもの……かぁ」

譲の元からそのままショッピングセンターへと
足を伸ばした望美だったが、どれを見てもピンとこず、ため息を漏らす。
大好きな人の誕生日。
譲の言うとおり、きっとなんでも喜んで受け取ってくれるだろうけど。

「やっぱりすっごく喜んでもらえたら、もっともっと嬉しいもんな~」

大好きだから、ありきたりのものじゃなく、心を込めて贈りたい。
でも、一生懸命考えても、やっぱり何がいいのか浮かばない。

「あ~何がいいんだろう!」

疲れ果てて入った喫茶店で、何気なく手に取った雑誌をぱらぱらとめくっていた望美は、あるページで手を止めるとばっと見入る。

「これだ!」

望美は雑誌をラックに戻すと、会計を済ませて
慌てて店を出る。
向かうのは手芸品の店。
並んだ毛糸をいくつも手にとっては戻し、1時間ほど悩んでようやく選び、店を後にする。
紙袋の中には、手編みの雑誌とベージュの毛糸。

「弁慶さん、喜んでくれるかな?」

ふふふと微笑むと、望美は家へと駆けて行く。
それから毎日、時間があればひたすらに編み物をしていた。
編み物なんてしたことのない望美は、本とにらめっこしながら必死になって編み棒を動かす。
分からないところは母に聞いたりもしたが、「望美も手編みの品をプレゼントしたいと思えるような彼が出来たのね」などと、含み笑いで冷やかされ顔を赤らめたりした。
誕生日まで1ヶ月はあるとはいえ、編み物初心者の望美には十分といえる時間ではない。
それでも。

「弁慶さんに喜んでもらうんだから!」

その想いが、望美を奮い立たせていた。

* *

「出来た~!」

喜びの声を上げて、1カ月がかりのマフラーを
ベッドの上に置く。
網目がバラバラのうえ、所々とんでしまったりもしていたが、それでも時々母に修正してもらっていたおかげで、何とか贈れる品に出来上がって
いた。

「後は、ラッピングしてリボンをかけて……っと」
大事に大事に包むと、初めての手作り誕生日プレゼントが完成する。

「良かった~間に合って!」

時計を見ると3時……7時間後には待ち合わせの時間だった。
ちょうど祝日に当たる弁慶の誕生日は、望美の
学校も休みなので、久しぶりに午前中から一日
デートが出来るのだ。

「楽しみだな~」
デートコースも事前にねっておき、後は当日を
待つのみの状態だった。

「早めに起きて、ばっちり髪をセットしよう~っと!」

めざまし時計を8時にセットして、ベッドにもぐりこむ。
机の上に置いたプレゼントを見て、嬉しそうに
微笑みながら眠りにつく。
そうして目覚ましを散々鳴らしまくってから目を覚ました望美は、喉に違和感を感じ、顔をしかめた。

「喉痛い……」
ここ1週間は追い込みで夜更かししていたせいか、どうも風邪をひいてしまったようだった。

「もう、当日にこんなになるなんて!」
悔しくて涙がにじみそうになるが、とりあえず
起きると真っ先に洗面所に行ってうがいをし、軽く朝食をとって風邪薬を飲む。

「これで治るといいんだけど……」
うがいをしたり水分をとったからか、喉の痛みはほとんどなくなっていた。

「とにかく仕度しなくちゃ!」

慌てて風呂に入り、ドライヤーで髪を乾かし、
色つきリップを塗って、この日のためにと用意した新しいワンピースに袖を通す。
鏡の前で一回転して用意が整ったことを確認すると、花柄の紙袋にマフラーの包みを入れて家を
出た。
弁慶と待ち合わせたのは、家からすぐの駅だった。
5分前につくと、すでに駅には弁慶の姿。

「弁慶さん!」
「望美さん、おはようございます」
望美の姿を見止めて歩み寄る弁慶に、笑顔が浮かぶ。

「今日は望美さんがエスコートしてくださるんでしたよね?」
「はい! 楽しみにしていてくださいね」

嬉しそうに笑う望美に、弁慶は微笑むとそっと
手をとる。
その時、一瞬違和感を感じ、弁慶は立ち止まった。

「? どうしたんですか?」
「いえ……」
望美の顔をじっと見つめ、弁慶はふっと顔を和らげる。

「何でもありません。気のせいのようです。
行きましょうか?」
「はい!」

望美がまず案内したのは、トリックアート。
錯覚を利用した不思議な空間を味わえる美術館で、美術品にはあまり興味のない弁慶も、視覚を狂わせる現象には興味を持った。
その後は海の見えるカフェで軽いランチをして、江ノ島へ足を伸ばす。

「やっぱり冬の海は寒いですね」
首を縮める望美に、弁慶が微笑んで自分のコートの中へくるまう。

「弁慶さん、あったかい」
ふふっと嬉しそうに微笑む望美に、弁慶も笑みを返す。

「あ、そうだ! 弁慶さんに渡したい物があるんです」
「僕にですか?」
手に持っていた紙袋をすっと差し出す。

「お誕生日おめでとうございます。2月11日、弁慶さんのお誕生日ですよね?」

自分の誕生日などすっかり忘れていた弁慶は、
驚いて手の中のプレゼントと望美を見る。

「覚えていてくださったんですね」
「当たり前です! だって大好きな弁慶さんの
ことだもん」
照れくさそうに、しかしはっきりと告げる望美に、愛しさがこみあげる。

「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「はい」
包みを開くと、現れたのはベージュのマフラー。

「これは……もしかして望美さんが作ってくれたのですか?」

「初めてだからちょっと不恰好だけど……良かったら使ってくださいね」

「もちろんです。ありがとうございます。早速つけてみてもいいですか?」

「あ、私やりますね」

弁慶からマフラーを受け取ると、そっと首にかける。
母のおかげで長さもちょうど良かった。

「とても温かいです。ありがとう、望美さん」
「喜んでもらえて良かったです」
「最高の贈り物ですよ」
嬉しさに望美を抱きしめると、弁慶の顔が強張る。

「ちょっと失礼します」
「弁慶さん?」
おでこに手を置く弁慶に、望美がきょとんと彼を見る。

「……熱がありますね。やはり朝のは気のせいではなかったようですね」

望美の手を握った時に、いつもより温かいと思っていたのである。

「本当ですか? ちゃんと薬飲んできたんだけどな……」
「朝から調子が悪かったのですか?」
咎める口調に、望美がしゅんと俯く。

「……起きた時、ちょっとだけ喉が痛かったんです。でも、うがいしたら治ったから、一応薬を飲んできたんです」

「帰りましょう。これ以上悪化させてはいけませんからね」

「え?」

駅へと歩き出す弁慶に、望美がハッと手を振り
払う。

「望美さん?」
「だって、今日は弁慶さんの誕生日なのに……
せっかく久しぶりに一日中一緒にいられると思ったのに……っ」
ぽろぽろと涙をこぼす望美を、弁慶がそっと抱き寄せる。

「ありがとうございます。僕も望美さんと一緒にいる時間はとても幸せです。でも、君をこれ以上連れまわして、風邪を悪化させたくないんです」

弁慶の気遣う言葉に、望美は悔しくて涙を溢れさせる。

「なん……で、こんな……時に……風邪なんか……っ」
どうして弁慶に会えない平日ではなく、今なのだろう。
悔しくて悔しくて、瞳から止めどもなく涙が溢れる。

「プレゼントを作るために、無理をしてくれたんでしょう? すみません」
「違う……っ弁慶さんのせいじゃ……!」

己の咎にする弁慶に、望美が顔をあげると弁慶の胸に強く抱き寄せられる。

「君が僕のことを想ってくれるように、僕も君のことが大切なんです」
「……」
弁慶の想いが伝わってきて、望美はこぶしで涙を拭くと、こくりと頷く。

「わかりました。今日は帰ります」
「今度の日曜日は、朝からずっと一緒に過ごしましょうね」
囁く弁慶の言葉に頷くと、そっと唇が重ねられる。

「弁慶さん、風邪うつっちゃいますよ?」
「ふふ、君の風邪ならそれもまた幸せですから」
「もう……っ」
からかうような言葉に、しかしそれは弁慶の本音で、望美は微笑むとそっと自分を包み込む腕に
手を重ねる。

「弁慶さん、お誕生日おめでとうございます。
あなたに出会えて、本当に良かったです」

「僕の方こそ……君と出会えて、こうして傍に
いられることを感謝しなければなりません」

もう一度そっと重ねられた唇に、弁慶は愛しい人を抱き寄せた。
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