チン、と完了を知らせる音にオーブンを開けると、その焼き色に満足そうに微笑む。
ミトンをつけて慎重に取り出すとお盆の上に敷いておいた鍋敷きの上に置いて、テーブルへと運んでいく。
「弁慶さん、出来ましたよ」
「ありがとうございます。これは……?」
「グラタンです。譲くんにホワイトソースを分けてもらって作りました」
料理は苦手だった望美だが、一人で暮らす弁慶を気遣い、家で手伝いながら教わって、時折こうして腕を披露していた。
「以前、譲くんが望美さんのためにと作っていた料理に似ていますね」
「ああ、あれはドリアで中にご飯が入っていたんですけど、今日はパスタとお餅が……あつっ!」
話ながらグラタンがのったスプーンを口に運んだ望美は、あまりの熱さに小さな悲鳴を上げると、ヒリヒリと痛む舌に顔をしかめた。
「失礼します。……ああ、火傷をしてしまったんですね。少し待っていてください」
望美の口内を覗き込んで容体を見ると、台所へ姿を消した弁慶が氷を手に戻る。
「この氷を溶けるまで舐めていてください」
「氷を舐めるんですか?」
「ええ。火傷は冷やさなくてはいけませんから。この世界では簡単に氷が手に入るので助かります」
弁慶のいた世界では氷室を所持出来るような身分でなければ手に入らないため、氷は貴重なものだった。
だがこの世界では電気があり、誰でも冷蔵庫を所有できるので氷も簡単に手に入れられた。
口に含みやすい大きさに砕かれた氷を含みながら、望美はちらりと弁慶を見る。
(てっきりキスされるのかと思った……)
普段の言動から口内を覗き込まれた時、キスされるのかと思ったのだがそこは薬師らしく、真面目に治療する姿によからぬ妄想が浮かんだ自分を恥じらう。
「焼きたてで食べれないのは残念でしょうが、グラタンは後で温めて食べましょう?」
「ふぁい。べんへいふぁんは食べてください」
「ふふ、ではお言葉に甘えてお先にいただきますね。……うん、美味しいです」
望美の手当てに動いている間に粗熱が取れたのだろう、スプーンを運ぶ弁慶につい視線が寄る。
(私も焼きたてで食べたかったなぁ)
話に夢中になって口元をおろそかにした自分が悪いのだが、程よく蕩けたチーズの焼き色が美味しかっただろうと想像できて、切なく口内の氷を転がす。
3つ目となるとすっかり口の中も冷え切り、舌の感覚もマヒしてきた。
(寒いなぁ……)
連日の暑さがようやく鳴りを潜めて、熱いものが美味しく感じられるようになった季節。
こたつの中でのアイスは美味しいけれど、熱々のグラタンを前に氷を食べるのは切なくてふうとため息をつくと、くすりと笑みが耳元に届く。
「火傷はどうですか?」
「大丈夫だと思いますよ。すっかり冷えて感覚分かりませんけど」
舌だけではなく身体まで冷えてしまい、ふるりと身体を震わせると抱き寄せられ、その温かさに思わずすり寄ると微笑まれて。
「今はこれで我慢してくださいね。熱が取れてもすぐにはよくなりませんので」
そういって重なった唇の隙間から絡められた舌からはかすかにグラタンの味がして、やっぱり焼きたてを食べたかったと眉を下げる望美に「君は花より団子のようですね」と苦笑すると、グラタンの代わりにとおにぎりを用意するのだった。
10周年企画