君に祝福を

弁望84

「九郎、僕はこの世界に残ります」
弁慶の突然の言葉に、九郎が驚き振り返る。

「弁慶?」

「穢れはなくなり、五行の力も正常に戻って龍神は力を取り戻した。源氏と平家も和議が結ばれ、戦は終結した。
もう、僕の役目は終わったんです。それに……」

庭に面した望美の部屋の窓を仰ぎ見て、弁慶は
柔らかく微笑む。

「あの世界に帰ってしまえば、もう二度と彼女には会えません。それならば、僕はこの世界に残ることを選びます」
「お前……」

今まで見たことのない、優しげな微笑みを浮かべる弁慶に、九郎は一瞬瞠目すると、ふっと表情を和らげた。

「……やっと見つかったんだな」

「九郎?」

「出逢った頃からお前は自分に無頓着で、俺は
お前に生きる意志を持たせたかった。それを望美は叶えたんだな」

「――ええ」

微笑む九郎に、弁慶も笑みを返す。

「幸せになれ――どんなに離れていても、お前は俺のかけがえのない友だ」

「九郎……君と出逢えて、僕は幸せでした。ありがとう」

「望美には伝えたのか?」

「いいえ。実はまだなんです」

「な……っ馬鹿っ! 俺より先になぜ言わん!?」

驚き怒る親友に、弁慶がくすりと肩を揺らす。

「驚きは大きい方がいいでしょう?」
「……見限られるなよ?」

相変わらずの弁慶に、九郎がため息をつく。
まだ九郎が牛若丸と呼ばれていた頃に『敵』として出会い、それから共に歩んできた弁慶。
柔らかな微笑みの裏でいつも幸せに背をそむけ、修羅の道を歩む弁慶のことが、ずっと九郎は気になっていた。
それが彼の生い立ちゆえなのだと、そう知ってからなんとか生きる意志を持たせたいと思った。
だが、共に源氏に与するようになってからは、
ますます彼の道を暗いものへと変えてしまい、九郎はずっと気にしていたのだ。

「ああ――戦処理を全部君や景時に任せることになってしまいますね」
「そんなことは気にするな」
「ふふ、ありがとう」
眉を寄せる九郎に、弁慶はふふっと微笑む。

「――君のせいじゃありませんよ」

「?」

「僕は自分で源氏に組したんです。軍師も自分で望んでなった。だから、君が気にすることはないんですよ」

胸の内を読まれ、九郎が苦笑する。

「……お前にはかなわんな」
「君とは長い付き合いですからね」
互いに笑むと、九郎が家へと促す。

「今夜は付き合え――飲み交わすのも最後だからな」

「程々にしておかないと、明日望美さんに笑われますよ?」

「俺が酒にのまれるわけがないだろ」

笑いあいながら、世話になった有川家での最後の宴に二人は向かった。
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