「景色が綺麗なところ、ですか?」
「はい」
剣の鍛錬を終えた望美は、ちょうど通りかかった弁慶と縁側に腰かけながら尋ねた。
「前に白龍が、仁和寺の桜が好きだって言ってたんです。だから他にも景色が綺麗なところがあったら、連れて行ってあげたいなぁと思って」
自らを守護するはずの龍神へ、まるで年の離れた弟を気遣うような望美の優しさに、弁慶は顔を綻ばせた。
「そうですね……清水寺と嵐山はこれから紅葉が見頃な時期ですね」
「清水寺や嵐山って、桜だけじゃなく紅葉も楽しめるんですか?」
「ええ。桜を見に行ったことがあるんですか?」
「はい。春にヒノエくんに連れて行ってもらったんです」
「ヒノエに、ですか?」
「そうだよ」
タイミングを計ったかのように現れたヒノエが、望美を挟んで弁慶の反対側へと腰を下ろす。
「紅葉を楽しみたいなら仁和寺は勿論、長岡天満宮や醍醐寺も綺麗だぜ?」
「真如堂も見事な紅葉が見られますよ」
ぽんぽんと上がる名に、望美は必死に覚えようと小さく繰り返す。
「清水寺、嵐山、仁和寺、長岡天満宮、醍醐寺と……あれ? もう1つなんだっけ?」
「真如堂ですよ」
「二人ともよく知ってるよね」
「そりゃ姫君を喜ばせるためだからね」
「ヒノエくんの場合、『世の姫君たちを』でしょ?」
「手厳しいね、神子姫様は」
肩をすくめたヒノエに、望美がくすくすと微笑む。
「今すぐっていうなら、上賀茂神社なんていいんじゃない?」
「上賀茂神社?」
「鞍馬に行く手前にある神社ですよ。雷の御神威により厄を祓い、あらゆる災難を除き給う厄除明神として信仰されているんです」
「へ~、そうなんですか」
「なんなら案内するよ?」
すっと手を取り、口の端をつりあげたヒノエに、一瞬考える仕草をしてからこくんと頷いた。
「ヒノエくん、お願いできる?」
「姫君の仰せならば喜んで」
「じゃあ、白龍に伝えてくるね!」
立ち上がるや走って行った後ろ姿に、ヒノエははぁと小さく息を漏らした。
「俺は姫君と二人で……って意味だったんだけどね」
「ふふ、始めに言っていたでしょう? 『白龍を連れて行ってあげたい』と」
「ちぇ」
たくらみが失敗したヒノエに、弁慶が笑みを浮かべる。
「では、明日は僕もご一緒させてもらおうかな」
「げっ。あんたまで来るのかよ」
「ええ。君が望美さんに手を出さないよう、見張り役が必要でしょうから」
思いっきり顔をしかめたヒノエに、うさんくさいと散々言われている笑みを返す。
異世界からやってきた白龍の神子・望美。
気高く優しい彼女を慕う者は、いまや八葉全員だった。
「つかめる糸はただ1本……それならばより確率をあげなければなりませんからね」
「あんたがそんなことを言うなんて、よっぽど
神子姫様を気に入ってるんだね。だけど、俺がやすやすと持っていかせると思うかい?」
「それは僕の台詞ですよ」
一瞬火花を散らすと、互いに踵を返す。
為すべきことを忘れたわけではないけれど。
いつしか心の奥にすみついてしまった影が消せぬのならば。
「たった一本を手繰り寄せたいと……そう思うほどには君に興味があるんです」
一人呟き、弁慶はその場を後にした。