Amaryllis

弁望6

「うわー!」
咲き乱れる花々に、望美が歓喜の声を上げる。

「こんなにたくさん! 綺麗ですね!」
「――……そうですね」
望美の言葉に、一瞬の躊躇いを隠して弁慶は微笑んだ。

「どうしてこの地にこんなにも花が咲いているのか……君は理由を知っていますか?」
「え? 理由ですか?」
「ええ」

首を傾げる望美に、弁慶は薙刀を構えると音もなく振るう。
短い悲鳴。飛ぶ紅の飛沫。
崩れ、花に埋もれた身体に、そっと薙刀の血を払う。

「ここは昔、激しい戦があった場所なんです」

辺り一面に咲く花々。
それは、この地で倒れた数多の者達を苗床に咲くものだった。

「…………」
口をつぐんだ望美を、そっと見つめる。
彼女は今、何を考えているのだろうか?
何も知らずはしゃいでいた自分を、恥じているのだろうか?
それとも今しがた失われた命――望美を狙って
刃を振るおうとしていた敵を切った弁慶に、憤りを感じているのだろうか。

「……それならこの花達は、慰めるために咲いているんですね」

思いがけない望美の言葉に、目を見開く。
死者を苗床に咲く花。
それらは悼むためだと、彼女は言う。
静かに伏せられた瞼。
願うは死者の安らかな眠り。
祈るように手を組んだ望美を、柔らかな光が包む。
一つ、二つ。
彼女を慕うように、小さな光がまた一つと集う。

「もうあなたは解かれてもいいんだよ……」

慈愛に満ちた囁きに、光の欠片は天へと舞う。
次々と浄化されていく様を、弁慶は言葉なく見つめた。

「ありがとうございました」

礼を言う望美。
それは何に対しての礼だろう?
彼女を敵から守ったことへだろうか?

「弁慶さんはどうして私をここに連れてきたんですか?」

思いがけず問われて惑う。
望美を連れてきたのは、ほんの気まぐれ。
この地のいわれを知った時、彼女がどんな反応を返すのか?
それを、知りたいと思ったのだ。

花は咲く。
新たな亡骸を苗床に。
けれども打ち捨てられたその魂は、神子の救いで―――天へと還る。

「君は……美しい人ですね」

浄化をする時、神子には死者の声が聞こえると
言う。
それは時に辛く、苦しいもののはずなのに、彼女は礼を述べた。
穢れなき美しい……尊い神子。

「美しくなんかないですよ」

陰を帯びた表情で漏れた呟きに、つきりと胸が
痛む。
望美をこの世界に喚んだのは自分。
弁慶の罪が、望美を神子へと祀り上げた。

花は咲く。
多くの悲しみを苗床に。
けれども……その美しき姿は死者を悼み、魂を
癒す。

「蔑如されるのは僕の方でしたね」
「弁慶さん?」
驕りが招いた禍。
それは彼のみならず、多くの罪なき人々を苦しめていた。

「譲くんが呼んでるみたいですね」

遠くで呼ぶ声に、揺れる瞳。
それでも躊躇いを振り切るように、一瞬瞳を伏せた後に前を見据える。
花に埋もれた亡骸。
斬ることを咎めることなどできはしない。
相手を斬らねば、自分が斬られるだけなのだから。
それでも―――。

「あ、あれ?」

止まらぬ涙に、慌てる望美の手を取って。
零れ落ちる雫をその身に受ける。
いつか自分も同じように、地に打ち捨てられるだろう。
その時、花は同じように咲くのだろうか。
そして君は……。

「心を殺す必要はないのですよ」

囁きに、外套を握る手に力がこもる。
輝ける陽をまとって歩く、穢れなき神子。
肩を震わせ、涙を流し。
それでも、君は進んでいく。
どこまでも気高く―――美しい人。
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