気になるヒト

弁望5

「先輩?」
不意に立ち止まった望美に、譲はその視線の先を追い微笑んだ。

「オダマキですね」
「この花、オダマキって言うの?」
「はい。このぐらいの時期に咲く花なんです」
「譲くん、本当に花のこと詳しいよね」
有川家の温室を思い出し感心すると、譲が照れくさそうに眼鏡を直す。

「白いオダマキだから……『あの人が気がかり』ですね」

「え?」

「オダマキの花言葉です。静御前が頼朝の前で
舞った時、義経のことを思い口にした歌でも有名ですね」

「あの人が気がかり……」

花言葉に浮かんだあの人。
火に囲まれた仲間を見捨てる冷徹な決断をしたかと思うと、傷ついた敵兵を看てくれたり。
望美にはあの人……弁慶がどんな人間か掴めずにいた。
それでも―――。

「望美さん? 譲くん?」
背後からの柔らかな声に、望美は飛び跳ねるように立ち上がった。
振り向いた先には、今胸に思い描いていた人の姿。

「どうしたんですか? ――ああ、オダマキですね」
「弁慶さんも知ってるんですか?」
「ええ。可愛らしい花ですが、薬草なんですよ」
「へぇ~」
言われ、足元のオダマキを見つめる。

「ふふ。花を愛でるなんて君は可愛らしい人ですね」
「そ、そんなことないですよっ」

可愛らしいという言葉が面映くて、望美は赤らんだ顔を隠すように花を見る。
と、弁慶が一輪手に取った。

「君が気に入ったように見えたのでつい摘んでしまいました」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」

火照る頬に困りながら、目の前の人を見上げる。
八葉の一人だという弁慶は、彼の甥であるヒノエと同様に赤面するような甘言を口にする人で、
言われなれない望美はいつもこうして翻弄されていた。

「これから景時のところに行こうと思っていたんです。よければご一緒しませんか?」

「いいですよ。ちょうど私達も帰るところだったんです。ね、譲くん」

「はい。朔に頼まれた買い物は済みましたから」

「では行きましょうか」

促され、並んで京邸への道を歩く。
そっと覗いた横顔は、端整で男とは思えぬほど綺麗で。
とくん、と胸が早鐘を打つ。

「どうかしましたか?」
「い、いいえ。なんでもないです」
振り向かれ、慌てて視線を花に移す。
白い、小さなオダマキの花。

「あの人が気がかり……」
その花言葉に浮かぶのは目の前のヒト。
胸に宿ったほのかな想いに気づかぬまま、望美は並んで帰路を歩いた。

* *

京邸から六条堀川への夜道。
弁慶は月明かりに照らされた小さな花に足を止めた。
思い出すのは、昼間この花を手に頬を染めていた望美の姿。
花を見つめる柔らかな視線は、年相応の可愛らしい少女のものだった。
本来ならば、血生臭い戦場などに赴く必要のなかった望美。
彼女を同行させたのは、他ならぬ弁慶だった。

「まるで君のようですね」

白く可憐な花。
一見たおやかそうなその姿に反し、どんなに踏まれようとも翌年には再び花を咲かせる強き花。
手を伸ばそうとして、しかし元に戻す。
この花はあの少女にこそふさわしいもの。

「僕が望んではいけませんね」

自嘲の笑みを浮かべて立ち上がる。
過去の過ちで犠牲になった命。
それらに弁慶は償わなければならなかった。

「僕は……立ち止まることは出来ないんです」

言い訳するように花を見下ろす。
花を手に頬を染めた少女の幻影に胸が痛む。
惹かれ……それでも望美と道が繋がることはないのだから。
ひっそりと咲くオダマキから視線を外すと、弁慶は感傷を振り切るように歩き出した。

――― あなたが気になる ―――
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