神様のなみだ

弁望4

急に立ち止まった白龍に、望美は踵を返すと自分よりも背の低い、幼き龍神を覗き込んだ。

「どうしたの?」
「――声が聞こえる」
「声?」

頷くと、目を閉じて耳を傾ける。
悲しみ。痛み。
深い悔恨の情は、苦しみに満ちていて。
水の深淵から伝わるようなかすかなそれは、誰かの思念だった。

「――白龍!?」
驚愕する声に目を開けた白龍は、頬を濡らすものに気がついた。

「どこか痛いの? 大丈夫?」
「これは私じゃなくて、誰かの……涙」

しゃがみこんで涙を拭ってくれる望美に、白龍は止まらぬ雫にそっと瞼を伏せた。
頬を伝う雫は、流すことのできない痛みの現れ。
悔やんでも悔やみきれない、自分を責め続ける悔恨の情だった。

これは僕の罪―――驕りが招いた禍。
罪は償わなければならない。
何を犠牲にしても。
そのことで新たな罪を背負うことになっても、
僕は償わなければならない―――この世界に。

「神子、救ってあげて」
「え?」
「救えるのは神子だけ。どうかお願い」

傷を負ったその時のまま、癒えぬ傷口は絶えず
血を流し続けていた。
自ら癒えることを拒むように―――。

「どうかしたんですか?」
穏やかな声に、神子と龍神は顔を上げた。

「弁慶――?」
「はい?」

大きな瞳を瞬いて凝視する白龍に、弁慶は柔和な笑みを返す。
そのまま黙り込んでしまった白龍に、視線を傍らの望美に移した。

「何かあったんですか?」
「私にもよくわからなくて。白龍が『声が聞こえる』って言うんです」
「声が?」

望美自身意味を解していないのだろう、要領を
得ない話に、弁慶は口元に手を当て考え込む。
と、遠くから呼ぶ声に気がつき、弁慶は顔を上げた。

「九郎たちも待っていますし、とりあえず進みましょう」
「はい」
頷き、九郎たちの元へと駆け出した望美に、その後に続こうとした弁慶の衣を小さな手が呼び止めた。

「大丈夫だよ、きっと神子が助けてくれる」
「え?」
振り返った弁慶に、龍神の澄んだ黄金の瞳はただ優しく彼を映す。

「だから、もう泣かなくて大丈夫だよ」
「――――ッ!」
穏やかに告げられた言葉に顔を強張らせると、
幼き龍神は己の神子の元へと駆けて行ってしまった。

『もう泣かなくて大丈夫だよ。きっと神子が助けてくれる』

耳にこだまする、許しの言葉。
それはまるで、弁慶の償いを知っているかのようだった。

「僕は泣きませんよ。そんなことで足を止めている時間などないのですから」

一人呟き、自虐の笑みを浮かべ踵を返す。
求めているのは許しではなく、大いなる加護。
それを取り戻すまで、歩みを止めることは許されないのだから―――。
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