咎の鎖

弁望3

「弁慶さんってずっとそれ、着てるんですか?」
望美の問いに、弁慶があぁと己の外套をつまんで微笑む。

「そうですね。物心ついた頃から羽織ってるかもしれませんね」
「そんな前からですか!?」
「僕は一応僧籍にありますから」

弁慶の言葉に、以前比叡で聞いた話を思い出す。
幼少の頃に親元から離され、一人寺へと預けられたという弁慶。

「比叡を飛び出した今となっては不要でしょうけど、何かと便利でもありますから、ついそのまま羽織ってしまってるんですよ」
「便利?」

不思議そうに小首を傾げる望美に、弁慶がふふっと微笑み頷く。

「ええ。間者として動く時には、闇に身を紛れ込ませることができますし、それに……」

すっとフードをおろすと、はらりと柔らかな琥珀色の髪がこぼれる。

「この髪で人を不快にせずにもすみますからね」

弁慶の髪は、京の人に比べて色素が薄く、一見すると鬼の一族の金髪に見間違えられてしまうのだ。
ただそれだけで警戒心を誘うことは、源氏の軍師としてありがたいものではなく、ゆえに昼夜問わず鈍色の外套で髪を隠していた。

「私は好きです」
「え?」
突然の告白めいた言葉に、弁慶が瞳を見開き、
望美を見る。
そんな弁慶に、望美は真剣な眼差しでもう一度
繰り返す。

「私は好きです、弁慶さんの髪。春の木漏れ日みたいでとっても綺麗です」
「ありがとう。君は優しい人ですね」

その眼差しと言葉が、望美がいかに優しい少女であるかを物語っていて、弁慶は胸に広がる暖かさに、穏やかな微笑みを返した。
だけど望美はいつもと同じ甘言だと思ったようで、頬を赤らめ拗ねたように口を尖らせた。

「もうっ! でも、本当に隠すのもったいないと思いますよ」
すごく綺麗なのに、と呟く望美の手を取り。

「綺麗なのは君の方ですよ」
敬うようにそっと甲に口づけると、望美の顔が真っ赤に染まる。

「べ、弁慶さん!」
「さぁ、戻りましょうか? あまり君を独り占めしていると、他の者達に怒られてしまいますからね」

口づけられた手を胸の前で抱え込んで動揺する望美に、くすっと笑んで促す。

――鈍色の衣は罪の証。 赦されぬ罪を償うために、新たな罪を犯す咎人の衣。
犯した罪が彼女を神子としてこの世界へ召還させた。
それは戦いを知らない世界からやってきた望美には、過酷なことに違いなかった。
なのに、望美が神子として自分の傍に居ることに、幸福を感じてしまう。
赦されざる罪が、纏う鈍色の衣が、自分と望美をつなぐ鎖だった。

「弁慶さん?」

沈めていた意識が呼び戻され、弁慶はそっと笑みを貼りつけ振り返った。
己の浅ましさに胸の奥で嘲笑する。
いつかきっと、自分は彼女を傷つけてしまうだろう。
それでも傍にいられる今は、腕を伸ばしてその
温もりを求めてしまう。

「さあ。行きましょうか」

さりげなく手を取ると、頬を赤らめながらも頷いてくれて。
鈍色の衣の奥に焦がれる想いを隠しながら、いつまでも感じていたいと願ってしまうつながれた手の温もりに、弁慶はそっと目を伏せた。
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