計算-6-

弁望69

九郎と望美の言い合いでようやく場が和み始めた頃、本日最後の客であるリズヴァーンが到着した。

「……遅くなってしまったな」
「先生!」
久しぶりに会うリズヴァーンに、望美が大喜びで駆け寄ろうと立ち上がる。
だが、外套を着ていることを忘れていた望美は
思いっきり裾を踏んづけてしまい、どたっと大きな音と共にその場にすっ転んだ。

「望美!」
「大丈夫か? み……」

敦盛が倒れた望美に手を差し伸べたところで固まる。
そんな敦盛を不思議そうに見つめながらも立ち
上がろうとして、ふと視線が自分に集中していることに気がついた。
皆の視線の先にあるもの――それは望美の足首。
先程までは着物に隠れてわからなかったそこには、鮮やかな紅の花。
それが何を意味するのか、その場の一同が分からないはずもなく、ヒノエが忌々しげに弁慶を振り返る。

「外套を羽織らせていたのはこのせいか……」

ヒノエの呟きに、ふふっと微笑む弁慶。
彼に連れて行かれて望美が無事だとは思わなかったが、夫でなければつけることなど出来ない場所への所有印に、めらめらと嫉妬の炎が燃え上がる。
大慌てで足首を隠すと、涙目で弁慶を睨む望美。
『見られたくなくて、差し出されたこの外套を着たのに~!』という望美の心の叫びを、しかし弁慶は笑みで流す。
それは宴に戻る前に、弁慶が刻みつけたものだった。

望美のあまりの落ち込みように、さらに責めれば『私は弁慶さんにふさわしくない』などと言い出し、しまいには去ってしまいそうだったので、
お仕置きは控えめにだった。
しかし牽制の意味も込めた“所有印”は見事に功を奏し、赤面するもの数名・舌打つもの数名。

「……先生?」
張り詰めた場に、おずおずとした子供の声が聞こえ、望美は弾かれたようにリズヴァーンの後ろに隠れるように立つ少年を見つめた。

「私の弟子だ」
リズヴァーンに促され、少年がおずおずと前に進み出る。

「……ゆうとです」
「君がリズ先生の新しいお弟子さん?」
「ああ」

嬉しそうに少年を見る景時に、リズヴァーンが頷く。
弟弟子の出現に、望美は今度は裾に気をつけながら立ち上がると、パタパタと2人に駆け寄った。

「先生、お久しぶりです」

「神子、元気そうで何よりだ」

「初めまして、ゆうとくん。私は望美だよ」

「彼女は白龍に選ばれた神子、そしてお前の姉弟子だ」

「えぇ!? こんな綺麗な姉ちゃんが先生の弟子なんですか?」

リズヴァーンの紹介に、ゆうとが驚いたふうに
望美を見あげる。

「ふふ、褒めてくれてありがとう。九郎さんにはまだまだかなわないけど、私も先生の弟子なんだよ」
名の挙がった九郎が、リズヴァーンの前に進み出る。

「先生、お久しぶりです」
「うむ。お前も息災のようだな」
「はい」
「彼は九郎。もう一人のお前の兄弟子だ」
「初めまして。ゆうとです」
「九郎だ」
「九郎さん、そんな怖い顔してるとゆうとくん怯えちゃいますよ?」
「俺は別に……っ」
うろたえる九郎に、ゆうとが緊張を解く。

「姉ちゃん、さっき派手に転んでたけど大丈夫か?」
「うん。心配してくれてありがとうね」
先ほどの出来事を思い出して顔を赤らめる望美に、ゆうとが首を傾げる。

「さ、立ったままもなんだから、先生もゆうとくんも座って。朔、よろしくね~」

「はい、兄上」

景時の言葉に、朔が2人を席に案内し、御前を
持ってくる。

「うわ~! こんな豪華なの初めてだ!!」
「……ゆうと」
「っと、すみません先生」
リズヴァーンに窘められ、ゆうとが姿勢を正す。
そんな様子が微笑ましくて、望美はリズヴァーンにお酌しながら、ゆうとに話しかける。

「あとでデザートもあるんだよ。蜂蜜プリンっていって、すごく甘くて美味しいんだよ」
「でざ? 蜂蜜ぷり……?」
「望美、横文字入れすぎ」
「あ、そうだった」
将臣の指摘に慌てて訂正する。

「えっと……おやつ? お菓子? とにかく甘くて柔らかいお菓子があるから、楽しみにしていてね」
望美の言葉に、目をキラキラと輝かせて頷く。
そうして大喜びで御前を平らげていくゆうとに、リズヴァーンと微笑みあう。

「神子。どうして神子は弁慶の外套を羽織っている?」
事の顛末を理解していないリズヴァーンが、疑問を口にする。
再び顔を真っ赤に染めた望美は、慌てて言い訳を考える。

「こ、これは、その……イメチェンです!」
「いめちぇん?」
「望美……リズ先生、意味わからねーぞ?」
「あ! えっと、う~……模様替え?」
しどろもどろの望美に将臣が噴き出す。

「将臣くん!」
「あ~わりぃわりぃ。え~っと、気分転換らしいぜ?」
望美の心情を察して、代わりにそれらしいことを告げると、リズヴァーンが素直に頷く。

「そうか」
「そ、そうです」
慌てる望美の視界の隅に、ふふっと笑う弁慶の姿が映る。

→7に続く
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