お膳を綺麗に平らげ、デザートの蜂蜜プリンも
堪能し、すっかりご満悦のゆうとが、不意に望美に願い出る。
「姉ちゃん、俺に稽古してくれねーか?」
「稽古?」
驚く望美に、ゆうとが頷く。
「先生、いいでしょうか?」
「神子、構わないか?」
「えっ? あ~……はい」
ワインを飲んだことから一瞬躊躇するが、リズヴァーンにも促されると断り切れず、了承する。
「おい、大丈夫なのか?」
「酔いは抜けたから大丈夫だけど……」
心配する九郎に、望美が羽織った外套を見る。
以前のように動きやすいスカートではないうえに、着なれない外套まで羽織っていることが少し不安だったが、弁慶の刻みつけた印ゆえに脱ぐわけにもいかなかった。
「ハンデにはちょうどいいんじゃねーか?」
気楽な将臣の言葉に、ゆうとがムッとする。
「姉ちゃん! 本気でやってくれよな!!」
「将臣くん!」
キッと睨む望美を、将臣は笑みで流す。
庭に出て一礼すると、すかさずゆうとが打ちかかる。
その攻撃を流しながら、望美はゆうとの腕前を測っていた。
『筋は悪くない……でもさっきのでちょっと力が入り過ぎてるかな』
「ゆうと、もっと力を抜け。力み過ぎだ」
見守っていた九郎が望美と同じことに気づき、
注意する。
九郎の助言にゆうとは間合いを取ると、軽く息を整える。
『落ち着きを取り戻した……さすが先生の弟子だね』
荒さは残るものの、凛とした集中力に口元に笑みが浮かぶ。
「たあっ!」
気合いと共に打ち込む剣を、するりと流していく。
何度も打ち込むが、ゆうとの剣はあっさりと望美に避けられてしまった。
「筋はいいが、まだ望美にはかなわんな」
「そりゃあそうだろ?」
兄弟子として冷静に分析する九郎に、将臣が苦笑する。
同じ師を仰いでいるとはいえ、望美はあの戦を
勝ち抜いてきた武将クラスの腕前なのだ。
「このままじゃ差がありすぎるな。ちょっと助太刀してやるか」
「将臣?」
「お~い望美~! 胸元のは虫さされか?」
笑いながらの将臣の問いに、望美がはっと自分の胸元を見る。
そのすきを見逃さず、すかさずゆうとが打ち込んだ。
「たあ!」
「……!」
とっさに後ろに避けるが、剣先が外套の留め具にかする。
「……!!」
庭に立った望美の姿に、ヒノエと弁慶はぎょっと目を剥いた。
はだけた外套から覗き出る胸元は大きく開き、
着物の合わせ目も大きく肌けて白い太ももが丸見え。
今までは外套を羽織っていたためにわからなかったが、稽古の合間にいつの間にか着物が着崩れていたのである。
「の、望美!」
「え? ……きゃあ~!!」
慌てる朔に、自分の姿を覗き込んだ望美が、顔を赤らめしゃがみこむ。
はだけた外套を手繰り寄せて、脱兎のごとく邸に逃げ込んでいく。
そんな望美に、呆然と立ち尽くしていた弁慶に
ヒノエが耳打つ。
「あんたの策が裏目に出たな?」
* *
望美の退場で稽古も終了となり、波乱続きの宴もどたばたのまま終了となった。
真っ赤な顔の九郎と敦盛、にやにやと笑みを浮かべるヒノエ、弁慶の怒りの矛先が向く前にさっさと帰った将臣。
皆が家路へと帰って行った中、本日二度目の醜態をさらしてしまった望美は、弁慶の私室ですっかり落ち込んでいた。
穴があったら入りたい……まさにそんな心境だ。
「もう、弁慶さんがこんなの羽織らせるからだよ!」
「それはすみませんでした」
ついつい夫への不満が口をつくと、背後から声が返る。
「べ、弁慶さん!?」
いつの間にか部屋に入ってきた弁慶に、望美が驚き振り返る。
「気配消さないでください!」
「僕は消してませんよ? 君が動揺していたからでしょう?」
「う……っ」
絶対嘘だと思うのだが、動揺しているのも事実で、望美は悔しさにぷいっと顔をそむける。
そんな望美に近寄ると、顎を掴んで視線を合わせる。
「今日はずいぶんと皆に保養させていましたね?」
「ほ、保養させるつもりは……」
「しましたね?」
「……はい」
笑顔の脅迫に、望美が負けて頷く。
言いつけを破ってワインを飲んでしまい、敦盛にキス(他の仲間にキスしたことは覚えていないので)したうえに、不可抗力だったとはいえあられもない姿をさらしたのは事実だった。
「先刻は君がとても反省していたようなので
“穏便”にすませましたが、二度目はそういうわけにはいきませんよ?」
どこが穏便? 十分恥ずかしい思いさせられましたが~!?、と心の中で叫ぶが、そんな言い分を弁慶が認めるはずもなく。
「宴も終わったことですし、心おきなくお仕置きができますね」
笑顔の宣告に、望美の背中を汗が滑り落ちる。
これから我が身に襲いかかるであろう出来事に、望美は抵抗を諦めた。
その日、強制的に京邸に泊まらされた望美が、
明け方まで眠らせてもらえなかったのは言うまでもない。