ヒノエの贈り物

弁望68

熊野から戻ってきた弁慶は荷解きをすますと、
ふと望美の様子に目を止めた。
同じく荷解きをしているのだが、どうもこそこそと何かを隠しているようで、足音を立てず気配を殺して近寄る。

「何を隠しているんですか?」
「ひゃあっ! べ、弁慶さん!?」

突然声をかけられ、望美の肩がびくんと大きく
跳ね上がる。
慌てて隠そうとするが、それより一瞬早く見止めた弁慶は、眉をしかめた。
望美の手元にあるのは、見覚えのある異国のお酒。

「……望美さん」
「あ、あの……ヒノエくんがお土産にって、その……」

慌てて言い訳をする望美に、弁慶は額に手を置きため息をつく。
望美が手にしているのは、以前ヒノエが結婚の
祝いにと贈ったワインと同じものだった。
その時は望美が自分の世界のものと重ね合わせて懐かしんでいたこともあって、軽い気持ちで勧めたのだが、酔った望美が弁慶も驚くような行動に出たので、以来禁酒を申し渡していた。
それでも、お酒が苦手な望美が珍しく気に入ったワインであるのも確かで。
哀願するような瞳で見つめる望美に、弁慶が苦笑する。

「ヒノエが望美さんに贈ったものなら仕方ありませんね」
「……え? 捨てなくてもいいんですか?」
「物に当たるほど僕は狭量ではありませんよ」

弁慶の了承が出て、望美の顔がぱあっと輝く。
しかし念を押すことは忘れず――。

「ただし、僕と2人きりの時以外は飲んではいけませんよ?」

「あの……どうして私、飲んじゃいけなくなったんでしょうか?」

念を押され頷くも、前々からの疑問が口をつく。

「君の世界では、20歳を超えないといけないんじゃなかったんですか?」

「まぁそうなんですけど……」

それでも初めてワインを飲んだ時、了承してくれたのは他でもない弁慶だった。
その矛盾が顔にありありと出ていて、弁慶はため息混じりに補足する。

「そのワインは、望美さんにとっては強力な媚薬になりうるんですよ」
「媚薬!?」
「以前飲んだときの事、全く覚えていないでしょう?」

弁慶の指摘に素直に頷く。
確かに2杯目ぐらいまでは、弁慶と楽しく会話していた覚えがあるのだが、それ以降の記憶は皆無だった。
そんな望美に、弁慶は大仰にため息をついて顔を曇らせる。

「あの時、望美さんは僕を押し倒したんですよ」
「えぇっ! わ、私がですか!?」

 弁慶の言葉に、望美が顔を真っ赤に染めて驚く。
弁慶と夫婦となってから求められることはあっても、望美から求めたことはなかったのである。
そんな望美に、さも困ったふうを装い、さらに
不安をあおる。

「あまりの積極的な行動に、さすがの僕も驚かされました。ですから、他の者の前でなんてとんでもないんです」

この弁慶にそこまで言わしめるとは、どんなとんでもない行動に出たのだろうと、望美は青ざめ
考え込む。
そんな望美の姿に、弁慶がほくそえむ。
望美に言った事は、ほとんどが真実だった。
ただし、それが嫌であったかと問われれば“否”なのだが。

「……君が求めるのは僕だけで十分ですからね」
「え? 何か言いましたか?」
「いいえ」
考え込んでいた望美が聞き返すが、弁慶はにこりと微笑んで口をつぐむ。
しかし、このワインが後にまた一騒動起こす要因となるのであった。
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