自分の目の前で敦盛にキスしたことにショックを受ける望美を、黙って見つめていた弁慶は顎に
手を当てると小さく息を吐く。
「望美さんが僕以外にも唇を許すというのであれば。そうですね……では、僕も朔殿と口づけすればおあいこかな」
「や……っダメっ!!」
弁慶の言葉に、望美が首を振る。
弁慶が朔に口づける――。
考えたこともない、想像もしたくない情景が脳裏に浮かぶ。
それは望美の胸をぎゅっと締めつけ、刹那瞳から涙が零れ落ちた。
「ごめんなさい……ごめ……っ」
次から次へと溢れる涙が、望美の頬を濡らしていく。
愛する人が自分以外の女に口づけるという想像は、恐ろしい痛みと悲しみを望美に与えた。
痛くて、苦しくて、悲しくて、目の前が真っ暗になる。
その苦しみに崩れかけた瞬間、暖かな温もりが
望美を抱きとめた。
「戯言が過ぎましたね……。そんなふうに泣かせるつもりはなかったんです」
「べんけ……さ……っ」
涙を溢れさせてしゃくりあげる望美を胸に抱き
寄せ、そっと髪を撫でる。
そうして落ち着かせるように何度も撫でると、
そっと頬を両の掌で包み込んだ。
「目が赤くなってしまいましたね」
痛々しく腫れた瞳に目を細めると、そっと瞼に
口づける。
「ごめんなさい……ごめんなさい! 私を嫌いにならないで……っ」
しがみついて肩を震わす望美に、背に回した腕に力を込める。
「僕が君を嫌うなんてあるわけないでしょう? 君は僕にとってかけがえのない、大切な女性なんです」
重ねられた唇はとても優しく、弁慶がどれほど
愛しく思っているかを伝えるものだった。
その口づけが優しければ優しいほど、望美の中で罪悪感が大きくなる。
こんなにも自分を愛してくれている夫の前で不貞を働いたのだ。
口づけを受ける望美の顔はひどく悲しげで、己の憤りが思った以上の苦痛を与えてしまったことを悔やむと、弁慶は彼女の瞳を覗き込むと柔らかく微笑む。
「望美さん。他の誰も見たことがない、僕だけの君をみせてくれませんか?」
「弁慶さんだけの私、ですか?」
「はい。君の心は僕だけのものだと、それを教えて欲しいんです」
突然の要望に戸惑うが、少し考える間があり、
望美は弁慶の頬に手を伸ばした。
「……愛してます」
耳元で囁いて、そっと唇を重ねる。
『好き』はみんなにも言っているけど、『愛してる』は弁慶だけにしか伝えたことがなかった。
だから、普段は恥ずかしくてなかなか口にはしないことを、懸命に言の葉にのせて伝える。
瞬間、ぎゅっと強く抱き寄せられた。
「弁慶、さん?」
「こんな可愛らしいことをしてくれるとは思いませんでした」
胸に広がる甘美な想いのままに口づける。
ついばむように何度も口づけ、次第に深く味わうものへと変わっていく。
「は……ぁ……」
熱に浮かされたような顔で瞳を潤ます望美に、
このまま押し倒してしまいたくなる衝動を隠して微笑む。
ね? と魅惑的な瞳で促され、望美が真っ赤な顔で思わず頷く。
そうしてうまく力の入らない身体を起こそうとした時、弁慶の呟きに動きを止める。
「ああ、ヒノエが余計な真似をしないようにこれだけはしておきましょうね」
「??」
きょとんとする望美に、弁慶が蠱惑の笑みを浮かべる。
それは彼が何かを企む時の、とても魅惑的な笑みだった。
→5に続く