京邸の離れの一室を借りて己の私室としている
弁慶は、腕の中で暴れる望美を連れて部屋に入ると、ようやく彼女を解放した。
望美はというと、せっかくの仲間との語らいの場から連れ出されてすっかり不貞腐れ、床にぺたりと座りながら頬を膨らませる。
「せ~っかく久しぶりに敦盛さんや将臣くんに
会えたのに~! ど~して連れてくるんですか~!?」
「……まずは酔いを醒まさねばいけませんね」
頬を上気させ、とろんとした瞳を向ける望美に、弁慶は眉をしかめると棚に手を伸ばす。
部屋に置かれた調剤道具から、手馴れた様子で
いくつか選ぶと、竹筒から水を注いで溶かし、望美に差し出す。
「さあ、これを飲んでください」
「い・や! 具合悪くないのにど~して飲まなきゃいけないんですか~? それに弁慶さんの薬、苦くて嫌です~!」
顔をしかめて拒否する望美に、弁慶は薬湯をあおると口移しで強制的に飲ます。
「~~~~!! ……うぅ。にがい~~!!」
「飲んだお酒の量はそれほどでもないのでしょうから、すぐに醒めるでしょう」
弁慶の言葉通り、10分ほどで望美の意識は酔いから覚醒した。
「あ、あれ? この部屋……」
「どうやら醒めたようですね」
目の前に座る弁慶と、部屋の中を見渡し、望美は自分の現在の状況を考える。
部屋の中には仏教の掛け軸が壁や天井に飾られ、さらに独特な匂いが充満しており、所狭しと干された薬草や書物が山積みにされていた。
それは以前弁慶に見せてもらった一室であり、
景時の邸で弁慶が借りている部屋だと思い当たる。
しかし、皆と宴の間にいたはずなのに、どうして自分はここにいるのだろう?
「あの……どうして私はここにいるんでしょうか? ここ、弁慶さんが借りている部屋でしたよね?」
「僕が連れてきたからですよ」
返された言葉に、血の気が引いていく。
連れられてきた記憶がないという事は酔っていたということで、しかもその姿を弁慶に見られたということだった。
そこまで思い至った途端、望美はワタワタと慌て出す。
「あ、あの、ごめんなさい! 私、約束していたのに……」
「あのワインを飲んでしまったんですね?」
「……はい。敦盛さんが京のお酒は苦手だけど、あのワインなら飲めるって聞いて……」
「それでわざわざ家に引き返して持ってきたのですか?」
「はい……」
望美の言葉に、弁慶が額に手を当てながらふうと息を吐く。
ヒノエから聞いた内容からおおよその見当はついていたが、それでも部屋に入るやのキスシーンにさすがに胸にふつふつと怒りが湧き上がるのを
抑えられず、咎める声が険しくなる。
「君がこの場にワインを持ってきた理由は分かりました。だけど、どうして君も飲んでしまったのですか?」
あれほど言ったでしょう? と言葉に宿った責める響きに、望美がしゅんとしょげかえる。
「敦盛さんに注いであげたら、私もって言われて……勧めた手前断れなかったんです」
瞼の裏に蘇った望美が敦盛に口づける情景に、
眉間にしわが寄る。
「このつもりでヒノエはワインを寄こしたんですね……」
熊野から帰る際、こっそり土産と称して望美に
ワインを持たせたヒノエ。
それはこういう日を予測しての、彼の企みだったのだ。
恐らくは熊野で頑なに弁慶が望美にワインを飲ませなかったことに、興味を抱いてのことなのだろう。
「約束を破ってごめんなさい」
すっかりしょげてしまった望美に、ふっと表情を和らげる。
「そういうことなら仕方ないですね」
にこりと微笑まれて、望美がホッとしたのもつかの間。
「――でも、お仕置きは必要ですよね?」
笑顔のままの宣告に、ぴきりと身体を凍らせる。
笑顔であればあるほど、彼女の夫は恐ろしいのだ。
「まずは……」
言いながら近寄ると、顎を捉えて口づける。
ついばむような口づけから、次第に深いものへとなり、ようやく解放された時にはすっかり力が
抜けてしまい、くてっと弁慶の肩にもたれかかる。
「こうして君の柔らかい唇を、僕以外の誰に触れさせたんですか?」
「……え?」
「敦盛くんと熱烈な口づけを交わしている衝撃的な場面を見せていただきました」
敦盛が聞いたら「“と”ではなく“に”です!」と
必死に抗議しただろうが、そんなことより望美は自分が取ったという行動に、信じられない思いで弁慶を見る。
「私が敦盛さんと……ですか?」
「はい」
笑顔で返され、それがまぎれもない事実だと分かる。
ワインを飲んでからここで弁慶に会うまでの記憶は、確かに不明であるのだから。
しかしまさかその記憶のない間に敦盛にキスをしたなどとは考えもせず、望美の顔から血の気が
引く。
しかも弁慶は『衝撃的な場面を見せていただいた』と言っていた。
と言うことは……。
「私が敦盛さんにキス……口づけしているところを……」
「見ました」
すぱっと言い切られて、弁慶とのキスの余韻から一気に醒める。
夫の前で他の男とキスしたのだ。
→4に続く