計算-2-

弁望69

「懐かしいな。まさかこっちでワインが飲めるとは思わなかったぜ」と喜ぶ将臣。
「俺には甘すぎるな」と顔をしかめる九郎。
「へぇ~本当に甘いんだね」と面白がる景時。
「本当、これなら望美でも飲めるわね」と頷く朔。
初めて口にするワインを楽しむ朔達を嬉しそうに見つめると、ヒノエの隣に座る敦盛にも勧める。

「はい。敦盛さんもどうぞ」
「あぁ……すまない、神子」
促され口にすると、懐かしい味に敦盛の顔がほころぶ。
そんな敦盛の様子に、望美が嬉しそうに微笑む。

「望美は飲まないのかい?」
「え? 私?」
「そういえば、望美もこれなら飲めると言っていただろう」

ヒノエと九郎に促され、望美が困ったようにワインを見る。
確かに甘くて、唯一飲めるお酒であるのだが、
弁慶に2人きりの時以外は決して飲んではいけないと以前念を押されていたのである。

「私は……」
「神子も好きなのだろう?」
敦盛の勧めに自分も彼に勧めた手前断れず、つい杯を受け取ってしまう。

(どうしよう。飲んだって分かったら弁慶さん絶対怒るよね……)

いつもは穏やかな彼女の夫が、実は怒らせると
非常に恐ろしいことを身を持って知っている望美は、注がれた杯の中の赤い液体を前に悩む。

「望美? どうしたの?」
「な、なんでもないよ! じゃあ頂きます~」
皆に心配かけないようにと一気に飲み干すと、
途端に身体がぽおっと熱くなっていく。

「美味しい!」
「それは光栄だね。さあ、もっと飲みな?」
「うん!」
ヒノエに促されるままに、どんどん杯を開けていく。
そうして3杯の杯が空になった頃に異変は起きた。
一瞬にして変わった望美の表情に、将臣の遠い
記憶が呼び覚まされる。

「そういえばお前……!」
「うふふ~」
とろんとした瞳を見て、あちゃ~と将臣が手で顔を覆う。

「どうしたんだ? 将臣」
「あ~……こいつ、ものすごく酒に弱いんだよ。京に来る前、俺んちで作った梅酒をこいつに飲ませたら、あっという間に酔っ払って抱き……」

九郎に以前の望美の乱れぶりを話していた将臣に、いつの間にか近寄った望美が甘えたように
抱きつく。

「まっさおっみく~ん♪」
「望美!?」
「うふふ~、梅酒も美味しかったけどワインも美味しいよね~」

グラス1杯分になるかの少量で見事酔っ払った望美に、将臣が頭を抱える。
前に飲んだ時も、望美の酒乱ぶりに譲と二度と
飲ませまいと誓ったものだった。

「の、望美ちゃん?」
「なんですか~?」
驚く景時に、望美が艶を含んだ笑みを返す。
普段は見られないその姿に、九郎も驚き彼女を
気遣う。

「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ~。さあ、九郎さんも飲みましょ~!」
にこりと微笑み将臣から離れると、今度は九郎に抱きついて酒を勧める。

「お、おい……っ!」
「あれ~? どうして九郎さん、顔が赤いんですか?」
柔らかなふくらみが腕に当たって照れているのだが、酔った望美にそんなことがわかろうはずもない。

「お、お前が……っ」
「私がな~に?」
ぐっと顔を近づけられ、さらに九郎の顔が真っ赤になる。

「こら、九郎に絡むな」
ため息をつきながら九郎から引き離す将臣に、
普段は見られない艶めいた笑みを浮かべ、甘えたように肩に腕を絡める。

「だいじょ~ぶ! 将臣くんもだ~いすきだから!」
言うや将臣に口づける望美に、景時と朔が杯を落とした。

「お、お、お前たち……、そういう仲だったのか!?」
真っ赤になって2人を指差す九郎に、将臣が慌てて否定する。

「勘違いするなっ! こいつは酔っ払うと“キス魔”になるんだよ……っ!!」

「キス……ま?」

「ようは酔っ払うと誰彼構わず口づけしてくるってことだ」

「な……っ!」

将臣の言葉に、九郎が驚愕のあまり固まる。

「九郎さんも大好きだよ~」
ふらふら~と九郎に近寄るや、抱きつき口づける。
望美の行動に純な九郎が卒倒すると、今度は敦盛へと向き直った。

「み、神子……?」
「敦盛さん、飲んでますか~?」
「あ、ああ」
望美の乱れぶりに動揺しつつ頷く敦盛に、甘えるように肩に腕を絡めて抱きつく。
「み、神子!?」
「敦盛さん、もう黙っていなくなったら嫌ですよぉ……本当に心配だったんだからぁ……」
ふわりと漂う甘い香りに動揺しながらも、耳元で囁かれた気遣う言葉に、敦盛が顔を赤らめながら頷く。

「わ、わかった。すまなかった、神子」
「敦盛さん! 私のこと好きですか~?」
「……は?」

唐突な問いに敦盛が話の展開についていけず、戸惑うように望美を見る。
そんな敦盛に、すくっと立ち上がった望美は彼の頭を抱えて、胸に押しつけるように抱き寄せる。

「私は敦盛さんのことだ~いすきですよ~。だから~、一人で悩まないでくださいね」
いうや口づけられ、敦盛が固まる。
瞬間、戸が開く音に反射的に振り返った仲間たちは、そこに立つ人物に一気に顔を青ざめた。

「おや……これはいったい何の騒ぎですか?」

にこりと微笑みながら問う弁慶に、誰も口を開けない。
彼の視線の先にいた望美は、振り返って弁慶の姿を見止めると、にこりと微笑み口づけていた敦盛から離れる。

「弁慶さん! お仕事終わったんですか~?」
「ええ、久しぶりに皆が集まるので早めに切り上げたんですよ。それで……ヒノエ?」

穏やかな笑みを望美に向けながら、冷やりとした声を対の朱雀に投げつける。
酒宴に置かれた見覚えのある瓶が誰によって持ち込まれたか、一瞬にして悟った弁慶に、ヒノエがにやりと微笑む。

「俺が持ってきたんじゃないぜ? 姫君が持参してくれたんだよ」

「今朝家を出た時には持っていませんでしたが?」

「敦盛もそのワインが好きだって聞いたら、取りに戻ってくれたのさ」

ヒノエの言葉に瞳を細める。
敦盛が自分からそのような話をするわけがないことはわかりきっていた。

「……謀りましたね?」
「さあね?」
悪びれないヒノエに内心舌打つと、擦り寄ってきた望美を抱き寄せる。

「……いけない人ですね。約束しませんでしたか?」

「ごめんなさい~。でも~敦盛さんが好きだって聞いて、どうしても飲ませてあげたかったんです~」

望美が敦盛に対して善意で持ってきたことは明らかだった。
しかしだからといって、約束を破った望美を無罪放免というわけにはいかない。

「望美さんはひどく酔われたようなので、今日はこのまま連れ帰りますね」

無言の脅迫を秘めた弁慶の微笑みに、将臣と景時がこくこくと頷く。
だがそんな彼らの胸のうちを知らない望美は、
弁慶の腕の中で抗議する。

「え~? せっかく久しぶりに皆に会えたんですよ? まだいます~」
「だめです」
「やだ~!」
子供のように駄々をこねる望美に、弁慶は一瞬
考え込むと、景時を振り返る。

「景時」
「は、はい~!?」
「借りている僕の私室で、望美さんの酔いを醒ませたいのですが、いいですか?」
「ど、どうぞ」

声を裏返らせながら返事をする景時に、氷の微笑を浮かべた弁慶が暴れる望美を抱きかかえながら退室していく。
その足音が遠のくと、緊張から解き放たれた面々が大きなため息をつく。

「殺されるかと思ったよ……」
「あいつ……大丈夫か?」

顔は穏やかな笑みを浮かべていたが、弁慶が怒っていることは明らかで、強制的に連れて行かれた望美の身を案じる。
しかし弁慶を止めることも、様子を見に行くこともとてもじゃないが恐ろしくて出来ようはずもなかった。
そんな2人とは裏腹に、卒倒している九郎と、
望美に抱きつかれた体勢のまま固まっている敦盛を横目に、ヒノエが一人愚痴る。

「なんで俺に回ってくる前に来るんだよ……」
将臣、九郎、敦盛ときていよいよ自分の番と思ったところでの弁慶の登場に、ヒノエは忌々しげに呟いた。

→3に続く
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