花言葉に重ねた想い

弁望46

「ふふ」
「なにか楽しいことがあったのですか?」
「……弁慶さん! おかえりなさい」
「ただいま戻りました」

ふとこぼれた笑みにおもいがけず返ってきた声に、驚き振り返った望美は、立ち上がって弁慶を出迎える。
この世界に残り、弁慶と共に暮らし始めて数ヶ月。
始めは旅していた頃と変わらない弁慶の態度に
不安を抱いていたが、先日の熊野での一件で、望美は弁慶の自分に対する想いを改めて知った。

「違うんです。思い出したら嬉しくなって」
「何を思い出したんですか?」
「……弁慶さんのご両親のお墓参りのことです」

望美の言葉に弁慶は目を見開くと、照れくさそうに視線を流す。
行き先も告げず連れられて行った場所は、弁慶の両親の墓。
その墓前で彼らに向けて、弁慶は望美を大切な人だと紹介し、この先を共に生きていくと誓ってくれた。

「君は本当に可愛い人ですね」
「もう……弁慶さんはまたそういうことを言う」
「これが僕の本心ですから」

さらりと告げられた言葉に顔を赤らめると、ふふっと微笑まれて、さらに顔が赤くなる。
以前から甥のヒノエと共にこういう言葉をさらりと言うところがあったが、あの時以来さらに多くなった気がするのはきっと望美の思い違いではないだろう。

「今日の回診はもう終わりですか?」
「はい。こちらの方は大丈夫でしたか?」
「はい。弁慶さんに頼まれていた薬を渡しただけです」
「そうですか」

源氏の軍師を退き、薬師を生業にするようになった弁慶の元には、毎日多くの患者が訪れる。
望美はその彼の傍らで、弁慶が処方した薬を渡したり、診療で使った道具を片すなどの手伝いをしていた。

「これから薬草を採りに行こうと思うのですが、望美さんも良かったら行きませんか?」
「行きたいです!」
「ふふ、それでは支度をしましょう」
「はい!」

元気な返事で嬉しそうに部屋へと駆けていく姿に、弁慶が幸せそうに微笑む。
薬草を入れる籠を持って山へ行くと、見本となる草を渡して摘む薬草を教える。

「葉で手を切らないように気をつけてください」
「はい、わかりました」

頷き、傍らにしゃがんで薬草を探す望美に、弁慶も必要な薬草を摘んでいく。
そうしてしばらく作業を続け、籠がいっぱいに
なったところで弁慶は望美を呼んだ。

「望美さん?」

ついさっきまで傍で作業していると思っていたのだが、はたと気づくと彼女の姿はそこにはなく、辺りを見渡しながらその姿を探す。
と、少し離れたところにしゃがみ込む望美を見つけて、弁慶はほっと胸を撫で下ろした。

「ここにいたんですね」

「あ、すみません。もしかして探させてしまいましたか?」

「いいえ。何を見ていたんですか?」

「この花です」

「これは……オダマキですか」

望美が見つめていた花は、オダマキという白い花。

「オダマキは手に触れると炎症を起こすことがありますから、今日は摘まずにおきましょう」

「はい。薬草として摘むのは秋がいいんですよね?」

「ええ。根だけを乾燥させて薬にします」

「薬草だけど毒もある。不思議ですよね」

「草には色々な種類がありますからね。望美さんも気をつけてください」

「はい」

素直に立ち上がった望美に、弁慶は彼女の採った薬草を籠ごと背負うと、山を下りるために身を
翻した。
ふと、白いオダマキが目に入る。
以前望美に教えられたこの花の花言葉『あなたが気がかり』……そしてもう一つ『必ず手に入れる』。
この花言葉に弁慶を思い描いたと告げられた時、弁慶の胸には言いようのない喜びが溢れ出した。

(僕を翻弄できるのは君だけですね)

ささやかな言葉で弁慶を喜ばせたり、幸せにする。
それは望美だけができること。
ふと思い浮かんだ考えに、弁慶は少し思案すると、望美と並んで山を降りた。
それからしばらくしたある日、いつものように
回診に出ていた弁慶を出迎えた望美は、手渡された包みに目を瞬かせた。

「弁慶さん? これは?」
「君への贈り物です。喜んでもらえるといいのですが」
丁寧に包みを解くと、そこから現れたのは綺麗な作りの櫛。

「櫛? ……あれ? この花……」
櫛に刻まれている模様を見つめた望美は、ハッと弁慶を振り返った。

「君が気に入ってるようなので、知り合いの職人の方に頼んで作ってもらいました」

櫛に刻まれている花はオダマキ。
この花の花言葉を知ってから、この花に望美は
親近感を覚えるようになった。

「弁慶さん、ありがとうございます」
「喜んでもらえて、僕も嬉しいです」

大切そうに櫛を抱く望美に微笑みながら、弁慶は胸の密かな想いを馳せる。
必ず手に入れる……手に入れたいと、そう願った望美。
元いた世界に戻るために、あんなに必死に頑張っていた姿を知っていながら、弁慶は彼女を求めた。
それは何よりも強い思い。

(オダマキは僕の思いでもあるんです)
望美は自分の思いに重ねていたが、それは弁慶にとっても同じ。
櫛に込めた密かな思いを受け止めてくれた望美を抱き寄せると、そっと顔を傾けた。
Index Menu ←Back Next→