消えぬ傷

弁望42

いつものように弁慶を見送った望美は、崩れるようにその場にうずくまった。
今朝見た悪夢。
それは塗り替えた過去の出来事。
時空を超えて幸せな未来を掴んだというのに、
過去の傷は時々気まぐれに血を流す。
忘れたいのに忘れられない……己の命を賭して
その身に清盛を封じ、共に消え去った弁慶の姿。
今は誰よりも自分の傍にいてくれるというのに、その幸せがまるで砂の城だと言わしめるかのように蘇る記憶は、望美の心を苛む。

「……ぅ……っ」
刻み込まれた辛い記憶に堪えきれず、嗚咽が漏れる。
こんなにも幸せだというのに、どうしてこの記憶はいまだに自分をこんなにも傷つけるのか。
まぶたの裏に浮かぶのは、望美がかざした欠けた鏡によって消えて行く弁慶の最後の微笑み。

「……っ」
苦しくて苦しくて、悲しみに押しつぶされようとしていた望美を、不意にぬくもりが包みこむ。
驚いて顔を上げると、そこには回診に行ったはずの弁慶の姿。

「弁慶……さん?」
――どうして? 問おうとした言葉は、強い抱擁にかき消される。

「どうかそんなふうに一人で泣かないで……」
心配そうに見つめる瞳に、望美は堪えきれずに
嗚咽を漏らす。
感じる鼓動が、抱きしめる腕が、今ここに彼は
生きているんだと伝えてくれる。

「もう、一人で消えてしまわないで……」

全てを背負い、一人で消えて行った弁慶の姿。
たとえ再び時空を超えて運命を変えることが出来たとしても、弁慶を失う痛みにもう耐えることは出来なかった。
白龍の逆鱗で時空を越えることができることを、弁慶は以前望美から聞いていた。
だから望美の呟きが、贖罪を決意した自分の行動であり、そのことが彼女を酷く傷つけたのだと
悟り、抱きしめる腕に力をこめる。

「僕はこんなにも君を傷つけていたのですね……。約束します。君を決して一人にしない。共に生き抜く……と」
涙に濡れた頬を掌で包み込み、そっと唇を重ねる。
大切な存在が悲しみに囚われてしまわないように――。
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