冬の恋人たち

弁望40

夕餉の食器を片付けて、一日の家事を終えた望美は、部屋にこもったままの夫の元へと歩いていく。
寒さが厳しくなり風邪をひく人が増えて、弁慶は毎日こうして患者のために薬を作っていた。

「まだ終わらないですか?」
「ああ、今終わったところです」
ひょこりと顔を覗かせれば、器具を片付けていた弁慶と目が合い、手招かれ。
火鉢の傍に座ると、弁慶も隣に腰を下ろした。

「お疲れ様でした」

「君の方こそ、一人任せてしまってすみません」

「弁慶さんはお仕事してたんですから大丈夫ですよ」

「君がいつもそうやって気遣ってくれるから、僕は甘えてしまってましたね」

「弁慶さん?」

困ったように微笑む弁慶に手を取られ。
そっと指先を撫でられた。

「……荒れてしまいましたね。痛くありませんか?」

「大丈夫です。少しカサカサしてるぐらいです。それに水仕事をしてると仕方ないって、よくお母さんも言ってました。
ようやく主婦の手になったってことですよね」

照れくさそうに笑うと、弁慶が懐から小さな貝を差し出した。

「これは?」

「軟膏です。毎日塗れば、手の荒れもよくなると思います」

「ありがとうございます。使ってみてもいいですか?」

「ええ」

貝を開けると少量の塗り薬が入っていて、それを指に取り手の甲へつけてみる。

「……あ、なんかすごく肌に染みていく気がします」
まるで砂が水を吸うように、荒れた肌に染みわたっていく軟膏に、望美は嬉しそうに微笑むと手を取られ、そっと抱き寄せられる。

「ありがとうございます。望美さん」

告げられた御礼が、ただ毎日家事に奮闘することだけに向けられているのではないのを感じ取り、顔を上げると弁慶を見る。

「私こそありがとう、弁慶さん」
「望美さん?」
「私、幸せですよ」
嘘偽りない思いを言葉にのせれば、見開かれた
琥珀の瞳が優しく細められて、望美の大好きな笑みが返される。

一度目はその姿を見ることもなく、二度目は目の前で失った大切な人。
何度も時空を渡り、弁慶が生きている時空を
求め、本心を見せてくれない彼を追いかけて、やっと掴んだ彼の生きる世界。
その世界を共に生きていけることは、望美に取って想像していない未来だった。

「僕も幸せですよ。ありがとう、望美さん」
「私も幸せです。ありがとう、弁慶さん」
互いにお礼を言いあうことがくすぐったくて、
笑いあうことが幸せで。
降り落ちる唇に目を閉じると、頬を撫でる柔らかな髪の感触に幸せを噛みしめた。
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