陽だまりの中で囁いて

弁望36

「私、戦いが終わって、弁慶さんが生き残れる
運命を見つけたら、一言文句を言おうと思ってたんです」
突然の望美の剣呑な言葉に、しかし弁慶はにこりと穏やかな微笑みを返す。

「どんな文句ですか?」
「一人で何もかも背負うなんて許さない! って、もっと私を、みんなを頼って! って、
そう言おうと思ってました」

それは当然言われても仕方のないこと。
弁慶は黒龍の逆鱗を壊すために、源氏を裏切ったように見せ、何も告げずに清盛の所へ一人乗り
込もうとしたのだから。
しかし、実際はそうではなかった。
清盛の信頼を得るため、油断を誘うためにと、
源氏の神子と崇められていた望美を無理やり連れて行った。
そんな弁慶を当然なじるだろうと思っていたのに、望美の反応は彼の予想を大きく裏切るものだった。

「……どうして言うのをやめたんですか?」
戦いが終わってから共に暮らし始めた今まで、
望美は一度たりとも彼を責めはしなかった。
弁慶の静かな問いに対し、望美はとても美しい
笑みを浮かべた。
それは本当に優しくて、暖かくて、慈しみが溢れるもので、思わず弁慶は見惚れてしまう。

「弁慶さんが生きてるのを見たら……すごく嬉しくて。生きて傍にいるんだって、そう思ったら、文句なんてどこかに飛んでいっちゃったんです」

だって……と、一度言葉を区切ると、望美の瞳が遠いものを映すかのように、わずかに細められた。

「弁慶さんは生きてるんだもん。もう目の前で……一人消えてしまったりしないんだって、
そう思ったらただ嬉しくて」

望美の言葉に込められた想い――それは、厳島へと向かう船の上で聞いた『弁慶が消え去る運命』のことなのだろうと、弁慶は思う。
突拍子のないその話を、しかし弁慶が信じたのは、それを言ったのが他ならぬ望美であったからだ。
痛みを一人抱え、それを微塵も見せず、ただ懸命に望む未来を掴み取った彼女だから。

「――望美さん。あんまり僕を甘やかしてはいけませんよ」
「え?」

驚き見つめる望美に、弁慶は手を伸ばすと、華奢な身体を抱き寄せる。
こんなにも小さな身体で、必死に自分を求め、
運命を切り拓いてくれた望美。
そのことを嬉しく思う自分をそっと嘲る。
あんなにも辛い想いをさせながら、それでも傍にと乞うた己の浅ましさに。

「……弁慶さん?」
「君は罵ってくれても良かったんですよ。僕は
それだけのことを君にしたのだから」
偽らざる想いを口にすると、望美が笑って首を
振る。

「私は、弁慶さんとこうして一緒にいられることが、すごく幸せなんです。弁慶さんが笑っていてくれる、この時空がとっても愛しいから」

そう言って、こちらまでも幸せにする笑顔を浮かべる望美に、胸から溢れる愛しさが止まらず、
可愛い額に口づけを落とす。

「僕は果報者ですね」
「それなら私だってそうです」

すぐに同意が返るのが嬉しくて、くすぐったくて。
顔を見合わせ、くすくすと微笑み合って、そっと唇を重ね合う。
こうして笑いあえる幸せを、寄り添い感じあう
温もりを噛みしめて。
二人で紡いでいく時間を愛しく抱きしめた。
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