帰り道は同じ

弁望35

ふふっと、嬉しそうに微笑んだ望美に、弁慶は
小首を傾げて傍らの妻を見た。

「どうしましたか?」
「幸せだな~って、そう思ったら顔がにやけちゃいました」

あっさりと白状して、もう一度満面の笑みを浮かべた望美に、弁慶も蕩けそうな笑みを返す。
清盛を封じ、長い源平の戦に終止符を打ったあの日。
君を帰したくないと、弁慶は望美にこの世界に
残り、自分の傍にいて欲しいと、そう乞うた。
それに望美が笑顔で応えたことによって、二人はこうして今、共にいることが出来た。

「僕の方こそ、これ以上ないくらい幸せですよ」

贖罪に全てを賭していた二年あまり。
あの頃の自分には、まさかこのように微笑み、穏やかに過ごせる日がこようなどと、考える事も出来なかった。
そんな彼の運命を変えたのが、目の前に立つ愛しい少女・望美だった。
自分が誰かを愛し、一生添い遂げるようなことなどないと、そう思っていた。
鬼子と蔑まされ、熊野の別当家に生まれながら、比叡へと預けられた自分には、誰かを愛することなど出来ようもなかった。
そんな弁慶の前に現れたのが、応龍の半身・白龍に選ばれた神子、望美だった。

初めて望美を見た時は、戦場にこのような少女がなぜ? と、不思議に思った。
そして彼女が、白龍に選ばれた神子だと分かった時、自分を裁く為に遣わされた存在なのだと、そう思った。
望美が弁慶を裁く為に現れたというのならば、
罪を償うという弁慶の行動を邪魔しないだろう、と。
あまつさえ、その存在を利用できたら、とそんな不遜なことまで考えていた。

しかし、望美は弁慶のそうした思いとは裏腹に
彼を裁くことはなかった。
ただ神子として祀り上げ、必要に応じてその力と存在を利用しようとしていた弁慶の思惑を振り切り、自ら剣を持ち、率先して前線へと赴いた。
ただのコマとして動いてくれない望美に焦り、
苛立ち。
そしていつしか違う感情を抱くようになっていた。
そう――望美が、春日望美という少女が大切だと、傷つけたくないという、想いを。

「弁慶さん?」
望美の呼びかけに、己の内に想いをはせていた
弁慶は、彼女に向き直り微笑んだ。
それは心からの笑み。
望美という、愛しい存在を得て、長く暗い贖罪の日々を終え、今という幸せを心から喜ぶ笑みだった。

「幸せだな、と。こうして君と手を繋ぎ、同じ家に帰ることが、とても幸せだと、そう思っていたんです」

弁慶が真実そう思っているのだろうと、そう感じることが出来る幸福そうな笑顔に、望美もふわりと綻ばせた。

「そうですね。私も、弁慶さんとこうして並んで、一緒の家に帰れることがすごく嬉しいです」

繋いだ手から伝わる温もりが。
向けられた優しい微笑みが。
二人が共にあるのだと、そう教えてくれるから。
私とあなたの帰る場所は同じ。
ずっと、ずっと、同じなのだから。
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