愛しき雨

弁望34

ごりごり……。
小さな庵の中に、すり鉢で薬をすりつぶす音が
響く。

「少し休憩しませんか?」
そっとお茶を差し出した望美に、弁慶は柔らかく微笑むと、すりつぶし粉末状になった薬草を丁寧に紙に包んで戸棚にしまった。

「今日も雨止みませんね」
「雨続きでつまらないですか?」
窓から外を眺めていた望美は、弁慶の言葉に振り返ると、ふるふると首を横に振った。

「いいえ。雨は大好きです」

「大好き、ですか? 君は面白い人ですね。
普通、雨は嫌がる人が多いのですが」

「洗濯物が干せなくて困るなぁとか、家の中がじめじめしちゃうとかは思いますけど……」

そこでいったん言葉を区切ると、望美はちょっと照れくさそうに顔をほころばせた。

「でも、雨だと弁慶さんがお家にいてくれるで
しょ? 患者さんも急患以外は来ないから、弁慶さんといっぱい一緒に居られるから、私は雨が大好きです」
「君と言う人は……」

少しはにかんだ笑顔に、弁慶は湯飲みを傍らに
置くと望美を抱き寄せた。

「わっ!」
「そんなに可愛らしいことを言うと、君を抱きしめずにはいられなくなってしまいますよ?」

耳元で囁くと、腕の中の望美がぼんっと顔を赤らめる。
そんな初々しさが愛しくて、顎をつまんで上を向かせると、柔らかな唇へ口づけを落とす。
雨は薬草を乾燥させるのを妨げ、保管するのも
注意が必要になるため、弁慶にとっては煩わしいものでしかなかった。
なのに彼の妻は、雨は彼を家に留まらせてくれるから好きだというのである。

「僕も雨が好きになりそうですよ。こうして君を抱き寄せる時間を与えてくれるのですからね」

緩やかに微笑んで、もう一度口づける。
――たまにはこんな風に、二人穏やかに過ごす
時間も必要ですね。
日々の忙しさについ寂しい思いをさせてしまいがちな望美に、そっと心の中でわびる。
そして天が与えてくれた暇を、幸福な時間であると教えてくれた妻と穏やかに過ごすのだった。
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