初心-2-

弁望31

「よ。元気だったか?」
「将臣くん!」

別れた時より幾分日焼けした様の将臣に、望美は手にしていた洗濯物を戻すと、傍へ駆け寄る。
黒龍の逆鱗で一族を歪めていた清盛が浄化され、将臣は残った平氏を連れて京を去った。
けれどそのことを知らない望美は、行方不明だった幼馴染との再会に涙をにじませた。

「今までどこに行ってたの! 心配したんだからね」
「悪い。ようやく落ち着いたんで、連中にお礼を言おうと思ってな」

相変わらずのおおらかさを見せる将臣に、望美はため息をつくと家の中へ促した。

「しかし驚いたぜ。まさかお前までこの世界に
残ってるとはな」
もう一人の幼馴染である譲は、すべてが終わった後、元の世界へと戻っていった。

「しかも、弁慶と結婚したんだって?」
「うん」
問いかけに頷くと、はあ~と大きく息を吐き出す。

「で? どうした? その大きなため息は。
まさか結婚したのを後悔してるってことはないんだろ?」
「うん……」
まっすぐ見つめる将臣の視線に、望美は意を決して口を開いた。

「あの! お、男の人と……Hするのはどうすればいいの?」
「はあ~?」

あまりに唐突な望美の問いに、こうした彼女の
振る舞いにかなり免疫があるとはいえ、さすがに驚きを隠せない。

「どうすればって……お前、結婚したんだろう? 弁慶に教わってないのかよ?」
至極当然な疑問に、望美がぐっと押し黙る。

「え!? まさかお前らまだ関係持ってないのか!? あの弁慶が今の今まで手を出してないのかよ」
裏評判を聞き及んでいる将臣は、目の前に座る
望美を信じられない思いで見つめる。
確かに望美は、この歳にしては珍しいぐらい純粋で、そういうこととは無縁であったが。

「はあ~……弁慶も毎日生殺しだろうに」
同じ男として同情する将臣に、さらに望美が追いつめられる。

「やっぱりその……そんな長い間、関係がないのって……変かな」

「いや……それだけお前のことを愛してるってコトだろうよ」

でなければ好きな女を目の前にして、耐えようもないはずだ。

「やっぱり男の人には辛いんだよね…」
またまたため息をつく望美に、将臣はぐしゃぐしゃと髪を撫でると「顔を上げろ」と、俯いた望美の頬を両手で包み込む。

「お前のことが好きだから耐えてんだ。それでお前がそんな顔してどうすんだよ」

「だって、私…弁慶さんのこと好きなのに……夫婦なのに……」

ふにゃ~と顔を歪ませ、泣き始める望美に、困ったように髪をかきあげる。

「……お前さ。難しく考えすぎてんじゃね~か? 好きだから触れたい。それは男でも女でも変わらないはずだぜ?」

「でも私……」

「そうやって考え込むから悪いんだよ。もっと素直に自分の気持ちに従ってみろよ。
恥ずかしいとか、怖いとか、とりあえず横に置いといて、自分の奥にある気持ちを見てみろ」

「奥の……気持ち……」

夫婦は関係を持って当たり前とか、あんなの入ったらどうなっちゃうんだろうかとか、そんな不安や本の言葉を追いやって、自分の胸に手を当て
考える。

「……好き。私は、弁慶さんのことが大好き。
いたわるように、そっと触れてくれる掌のぬくもりも、優しく重ねられる唇も、胸が温かくなって、とても幸福な気持ちになるの」

望美の答えに、将臣がにやっと微笑む。

「それがお前の気持ちだ。よけいな本の知識とか思い出すから、身体がこわばっちまうんだよ。
その気持ちに素直に委ねてみろよ」
「そっか……そうだね」

晴れ晴れしい顔をようやく覗かせた望美に、将臣がほっと安堵の息を漏らす。
恋心を抱いていた幼馴染が、他の男の元で花開く様子は正直寂しくもあったが、それでも望美が
幸せでいてくれることが何よりの願いだった。

「早くしねえと、いい加減外で……」
「え?」
つい軽口が滑りそうになり、慌てて口をつぐむ。
安心させたと言うのに、また不安にさせてどうしようというのか。

「じゃ、俺は行くな。お前は色々考え込むのに
向いてね~んだから、感情の赴くままに突っ走ってみろよ。案外、簡単に壁なんか壊しちまうかもしれねーぞ?」
「うん、ありがとう! 将臣くん」

望美らしい、明るい笑顔に、将臣は安心して彼女の元を後にする。
外に出ると、いつ帰って来たのであろう、弁慶の姿があった。

「よ!」
「お久しぶりです。元気そうで安心しました」
ふふっと笑みを漏らす弁慶に、将臣も不敵な笑みを返す。

「君が応援してくれるとは、思いもよりませんでしたよ」
将臣と望美の会話を立ち聞きしていたらしい弁慶の言葉に、将臣も口の端をあげる。

「やっぱり聞いてやがったか」
「君も望美さんに心惹かれていたように思いましたが?」
「ああ、まあな」
隠しても仕方ないので、将臣は素直に頷く。

「だが、あいつが選んでお前と結婚したんだ。
それをぶち壊す気はねえよ。それより、あいつを不幸にしたらゆるさねえぞ」

冗談めかした将臣の言葉に、しかしそれは真実だと瞳の奥の鋭い光を見て、弁慶も不敵な笑みを
返す。

「僕がそんなことをするとでも?」
「は、おもっちゃいねーよ。たんなる振られ男の戯言さ」
笑い飛ばすと、まっすぐに弁慶を見る。

「あいつはあんたがわかってるように、純粋無垢な今時珍しいヤツだ。惚れちまった手前、うかつに手を出せないでいるようだが、あんまりてまねいててもいつまでもそのままだぜ?
望美はあんたを愛している。それを、望美に伝えてやりゃ~いいんだよ。可愛い俺の幼馴染をよろしくな」

潔い、清々しさまで感じさせる将臣に、弁慶が大きく頷く。

「もちろんですよ」
子供が生まれたら知らせろよ。
背中越しに手を振ると、将臣は颯爽と歩いていってしまった。

「あれ? 弁慶さん?」
望美の声に、弁慶は幸福そうに振り返った。

「ただいま、望美さん」
「おかえりなさい、弁慶さん!」

→3へ続く(R18注意)
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