終わりのない歌

弁望26

「どうしてあなたは弁慶殿を信じられたの?」
「ふあ?」
朔の問いに、お菓子をほうばっていた望美は妙な返事を返す。
慌ててお茶を飲むと、望美は改めて朔に向き直った。

「どうしてって?」

「だってあの時、弁慶殿はあなたに何も言わず、源氏を裏切ったのでしょう?」

「弁慶さんは本当に裏切ったんじゃないよ。
清盛を油断させるために……」

「だとしても。裏切ったことに変わりはないわ」

きっぱりと言われ、望美は困ったように眉を下げる。
朔は知らないだろうが、『あの時』望美は知っていたのだ。弁慶がどうして裏切ったのかを。
『一度目』の時は弁慶の真意が分からず、望美も彼を信じることが出来なかった。
それゆえに、弁慶は全てを背負って一人消えてしまったのだ。
思い出した喪失の瞬間に、望美はぎゅうっと胸の前で手を握りしめた。
そんな望美の辛そうな様子に気づいた朔は、申し訳なさそうに己の手を重ねあわせた。

「ごめんなさい。あなたを困らせるつもりはなかったのよ」

「ううん……そうだよね。普通なら驚いたよね」

「ええ。九郎殿でさえ、弁慶殿の行動が本心ではないと分からなかったのよ。だから、あそこまで弁慶殿を信じられたあなたが不思議だったの」

「――私はね。弁慶さんにどうしても生きていて欲しかったの」

望美の答えに、朔が瞳を瞠る。

「弁慶さんが好きだったから、どうしても生きていて欲しかった。だから、どんなことがあっても弁慶さんを信じるって。
弁慶さんを信じてそして助けるんだって、そう決めてたんだ」

望美の眩い笑顔は全てを乗り越えた者のもので。
そんな望美に、朔はふわりと微笑んだ。

「あなたは本当に弁慶殿が好きなのね」
「えっ!? や、その、えっと……」

先程はっきりと言い切った本人とは思えぬ動揺に、朔はくすくすと笑みをこぼす。
誰もが『あの時』、親友の九郎でさえも弁慶が
本当に裏切ったのだと思っていた。
そんな中で望美だけがただ一人彼を信じ、連れ
去られながらもその心を開き、共に歩く未来を導いたのだ。

「――お迎えにいらしたみたいよ?」
「え?」
朔の言葉に、苦笑しながら弁慶が姿を現す。

「弁慶さん! お仕事終わったんですか?」

「ええ。すみません、語らいの邪魔をしてしまいましたか?」

「いいえ。ちょうど終わったところです。お勤めご苦労様でした、弁慶殿」

少し前にこの京邸に着いて、二人の会話を盗み
聞いていたことが朔にはしっかりばれていて、弁慶は苦笑を漏らした。

「じゃあ、帰りましょうか」
立ち上がって手を差し出す望美に、弁慶が微笑みながらその手を取る。

「ええ。一緒に帰りましょう」
弁慶の言葉にこめられた想いを感じ取り、朔は
微笑ましく二人を見守る。

「じゃあね、朔! また遊びに来るよ」
「ええ。待ってるわ」
望美に手を振りながら、隣りを通り過ぎる弁慶に小声で告げる。

「弁慶殿。あの子を……望美をお願いしますね」
「ええ。必ず幸せにするとお約束します」
浮かぶ笑顔は今まで見たことのない穏やかな、
愛情のこもったもので、朔は嬉しそうに並んで帰っていく二人の姿を見送った。
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