背中からぎゅっと

弁望21

弁慶の庵で共に暮らすようになって。
薬師の彼を訪う人々は皆、二人を夫婦と思い、
望美を彼の嫁と労うが、実際のところはまだ同棲している恋人同士だった。
その証拠に、キスをしたのは厳島で想いを告げられたあの時だけ。
一緒に生活していても、彼が望美に触れるのは
彼女が怪我をした時ぐらいで、距離感は行軍の頃と変わりない。

けれども、望美とて女の子。
好きな人には抱きしめてほしいし、手を繋いで
歩いたりもしたいと思うから。
今日もつい、彼の背中を見遣ってしまう。

(いきなり抱きついたら驚かせちゃうかな……)

鬼に間違われる色素の薄い髪を気にしてか、今でも外を歩く時には外套を身に着ける弁慶。
けれどもそんな彼の背中を見るたびに、幾度かのように置いて行かれるような不安が押し寄せて
切なくなることがあった。

「そんなに見つめられると穴が開きそうですね」
「え? 弁慶さん、気がついてたんですか?」
「ふふ、僕に何かご用でしょうか」
「いえ、そういうわけじゃないんですが……」

ただ抱きつくか迷っていたとは言いづらく言葉を濁すと、そうですか? と再び背を向けられて。
思わず外套の裾を掴んでしまう。

「望美さん?」
「あの……寒くないですか?」
「大丈夫ですよ。――ああ、すみません。気づかなくて」
「え?」

寒いと言ってくれれば、それを口実に抱きつけるかと問うも首を振られ――ふわりと、外套に身を覆われる。

「どうですか? 寒くありませんか?」
「これ、弁慶さんの外套……」
「僕は大丈夫ですから。女性は身体を冷やしてはいけませんからね」
「そう、なんですか?」
「ええ」

薬師の言に、けれども微妙に甘さがにじむ声に
外套を引き寄せる。
ふわりと鼻腔をくすぐる薬草と香の薫り。
それは彼のにおいで、くすぐったい気持ちになる。
背中に抱きつくのは失敗したけど、これはこれで嬉しいかも、と微笑むと耳元で囁かれる。

「抱きつきたいならいつでもどうぞ。ただ、できれば二人きりの時にお願いします」

2018/02/11
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