いつか思い出に変わるまで

弁望19

黒龍の呪縛を解き、長い戦いに終止符を打った
望美たちは、京邸へと戻ってきた。
そこで望美は、京に残り弁慶の元で共に生きていくことを皆に告げた。
そのことをとりわけ驚いた譲の瞳の奥にみつけた悲しみの色。
それは望美の胸に痛みを与えたが、それでも元の世界に戻ることは考えられなかった。

「ごめんね。譲くん」
「いえ……先輩がそう決めたのならいいんです」

微笑みを浮かべ、決意を受け止めてくれる優しい幼馴染に、涙が溢れ出る。

「泣かないで下さい、先輩」
「……うん……っ」
「……幸せになってください」
「ありがとう……譲くん」
眼鏡の奥に涙を隠しながら微笑む譲に、望美は
堪えきれず大粒の涙をこぼれさせた。


「ここにいたんですね」
濡れ縁でぼんやりと月を見上げていた望美は、
呼びかけにゆっくりと振り返った。

「弁慶さん」
「譲くんとの話は済んだのですか?」
「……はい」
翳った表情に、弁慶はそっと望美の目元に指を
伸ばした。

「――赤く腫れてしまいましたね」

泣き腫らした目を指摘され、俯く。
幼馴染との別れを嘆き、目を腫らしていることが申し訳なく思えて、弁慶の顔を見ることが出来なかった。

「――泣いてもいいんですよ」
優しく抱きしめる腕に、再び溢れる涙。

「……ごめ……な……さいっ」

「謝らないで。謝らないで下さい」

「私……ここに残ることが嫌なんじゃないんです……ただ……っ」

「寂しいんですよね」

想いを的確に言い当てられ、望美が無言で頷く。
そう――悲しいんじゃない。
譲と……ずっと小さい頃から共にいた幼馴染と
別れることが、このうえなく寂しかった。

「いつもずっと……一緒だったんです。泣いたり、笑ったり、いつも……一緒だったんです」

どの思い出にも、いつも隣には将臣と譲がいた。
傍にいるのが当たり前だった。 だから――。
溢れる涙を受け止めてくれる優しい腕。
愛しいそのぬくもりに包まれながら、二度と会うことの叶わない別離に涙を流す。
弁慶はその涙が乾くまで、ずっと抱きしめ続けた。
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