■夢浮橋のお話です
「どうしたんだい?」
「ヒノエくん、弁慶さん」
天女の武術鍛錬を見ていた花梨・翡翠・頼忠の
三人は、通りがかったヒノエと弁慶を振り返った。
「ん? 珍しい武器を持ってるね?」
「天界の武器をお借りしたのだよ」
「天界の武器、ですか……」
翡翠と頼忠の持つ武器を、二人は興味深げに見つめる。
「この天界も怨霊が跋扈するゆえ、天女も武術の鍛錬をしているのです」
「天女と言えば、果物などを持っているものだと思うのだがね」
「そうでもないんじゃない? なぁ?」
「ええ。僕たちの神子である望美さんは、剣を振るいますからね」
「神子殿が!?」
弁慶の言葉に、頼忠と翡翠が驚く。
* *
「ということがあってね? だからお願い!」
「え? え?」
北斗星君との最後の闘いに勝利し、天界に美しさを取り戻した矢先の花梨の願いに、望美が戸惑う。
「可憐な神子殿が剣を振るう姿を、ぜひ私も見てみたいのだよ」
花梨に同調する翡翠と、無言ながら興味を示す
頼忠の視線に、望美が困ったようにヒノエと弁慶を見る。
「いいじゃん。神子姫様の魅力を見せてあげなよ」
「ええ。君の剣技は舞のように美しいですからね」
「ヒノエくんに弁慶さんまで……」
助けてくれるかと思いきや、ヒノエ達にも促されてしまい、望美ははぁ~っとため息をついた。
仕方なく天女から細身の剣を借りた望美は、頼忠と向き合っていた。
「手加減無用……ということでよろしいのですね?」
「はい、お願いします」
最後の確認をする頼忠に望美が視線を外さずに
頷く。
始めは神子に剣を向けることを渋っていた頼忠だったが、ヒノエと弁慶・翡翠に強きものとの手合わせは何にも勝ると諭され、最後に花梨の『お願い』が決め手となった。
そうして実際こうして向き合い、ヒノエと弁慶が手加減は無用といった意味を頼忠は理解した。
(確かに……望美殿は守られるだけの御方ではないようだな)
凛とした眼差しに、油断なく気配を探る。
そうして互いに牽制しながら、始めに動いたのは頼忠だった。
ぶんっと空を切り裂くように振るわれた剣は、
しかしふわりとかわされてしまう。
「ほお……」
二人の手合わせを見守っていた翡翠は、感嘆の声を上げた。
一見すると男の頼忠に望美がかなうわけがないのだが、柔なるその剣技はまるで舞を舞うかのように優美で、頼忠の剛剣の威力をことごとく流していた。
望美の剣の腕前が並ではないことは、変わった
頼忠の表情でも明らかだった。
そうしてしばらく剣をあわせていた頼忠と望美は、ぱんっと手を打ち終わりを告げた弁慶によって剣を降ろした。
「すごい、すごい、すごい~!」
「君の剣はまるで舞を舞っているかのように優美だね」
興奮を隠せない花梨と、感嘆する翡翠に、頼忠も前髪をかきあげながら笑顔で頷く。
「お見事でした」
「頼忠さんこそさすが源氏の武士ですね」
にっこり笑顔を返す望美に、翡翠が更なる提案をする。
「望美殿。よければ剣舞をやってみてはくれないだろうか」
「剣舞……ですか?」
「ああ。君の優雅な剣さばきならば、さぞ美しい舞を舞えると思うのだよ」
「いいね。俺も見てみたいな」
「でも剣舞なんかしたことないよ?」
「望美さんは舞を習得されてますから、すぐに応用できると思いますよ」
ヒノエと弁慶に笑顔で促され、望美が再びため息をつく。
「剣は扇よりも長さがあるから、気をつけてね」
「うん、朔」
どうせならばと、北斗星君によって天界へと導かれた朔と舞いながら、望美が頷く。
白龍と黒龍・対を成す神子の見事な舞に、辺りから感嘆の息が漏れる。
静かで優美な朔に対し、華やかに輝きを放つ
望美。
静と動の見事なコントラストは、見る者全てを
魅了した。
「神子姫様。剣を構えて楽に合わせながら、ゆっくりと振るってごらん」
「こう?」
ヒノエの言葉に、敦盛達の笛の音に合わせながら剣を己の前で立て、するりと流れるように横に
振るう。
「そうそう。剣舞は剣を振るうような動きを舞に取り込むんだよ」
朔の舞と合わせながら、ヒノエの言う通りに剣を振るって舞う。
「華やかさと鋭さを併せ持つとは……なんとも
麗しき天女の舞だね」
「ええ。本当に素晴らしいです」
感嘆する友雅に、鷹通が同意を示す。
望美の八葉も同様に、望美の新たな魅力に魅了されていた。
「すげーな!」
同い年だという天真の手放しの絶賛に、イノリが大きく頷く。
「すっごい綺麗だった! お前、すごいんだな」
「うん! 望美さんってすごいね」
「ありがとう」
あかねの八葉であるイノリと詩紋の朱雀二人に
褒められ、望美が照れながら礼を言う。
「私も望美さんを見習わなくちゃな~」
「え? あかね、お前も舞を習うのか!?」
「舞は足を絡ませちゃいそう……」
「なら琴はどうでしょう?」
「そうだね。藤姫ちゃんに話してみよう」
鷹通の提案にあかねがにこりと頷く。
「さあさあ、皆さん。向こうに食事を用意させましたから、どうぞ食べてくださいな」
南斗星君の誘いに、ぞろぞろと彼に従う。
神子たちとの談笑にひとしきり花を咲かせた後、望美は一人宴の輪から離れると、ほぅっと息を吐いた。
「お疲れ様、望美さん。とても素晴らしかったですよ」
「ありがとうございます。でも私はすっごく緊張したんですよ~」
弁慶から飲み物を受け取りながら、望美が再びため息をつく。
そんな望美に、弁慶はそっと紫苑の髪を一房手に取った。
「神子の君、戦女神の君、そして舞姫の君……
一体君はいくつの顔を持っているのでしょうね」
「弁慶さん?」
不思議そうに小首を傾げる望美に、微笑んで髪に口づける。
瞼の裏に甦る、剣を手に舞う麗しき紫苑の天女。
「今度は僕だけの君を見せてもらえませんか……?」
いつもよりもわずかに低い、甘い声に望美がぴくんと肩を震わせた。
そんな望美の首筋に、触れるだけの口づけをする。
どうしようもなく惹かれる想いを、ほんのわずかだけ行動で示す。
輝ける天女に惹かれる、罪人に許されざる想いを。
「さあ、戻りましょうか。僕たちのあるべき世界へ」
手を差し伸べると、戸惑いつつも差し出された手。
その白く穢れなき手を取りながら、弁慶は在りし日の誓いを思い出す。
――京に再び応龍の加護を。
向けられた熱の灯った視線にそ知らぬふりで笑顔を返しながら、弁慶は焦がれる想いを再び胸の奥に封じ込めた。