秘めた本音の欠片

弁望15

■夢浮橋のお話です

桜の花が咲き乱れる夜の境内に一人佇んでいた
望美は、不思議そうに辺りを見渡していた。

(私、天界で夢の小箱を開けたんだよね?)
そして今、こうして夜桜の中にいると言うことは――。

(誰かの夢、なんだ。でも誰の……?)
疑問が頭に浮かんだ時、歌が聞こえてきた。

「散ればこそ いとど桜はめでたけれ 浮世に何か久しかるべき」
この低く、耳に心地良い声は――。

「弁慶さん?」
月明かりのみの宵闇に目を凝らすと、琥珀の髪が目に入る。

「来てくれたんですね。……君のことを待っていたんですよ。ここに来れば君が現れるのではないかと思っていました」
「どういうことですか?」

弁慶の言わんとしていることが分からず見つめ返すと、思わぬ言葉が返された。

「君と、ぜひ一戦交えたくて」
穏やかな榛色の瞳からは、彼が何を考えているのか読み取れない。

「えっ、一戦って弁慶さん…」
望美は困惑したまま、再度問い返した。

「どうして弁慶さんは私と戦いたいんですか?」
「そうですね。どう説明したらいいでしょう? ……僕は疑問に思ったら確かめずにはいられないんです」

――疑問?
望美の顔に浮かんだ問いに、弁慶が薄く笑みを
浮かべて答える。

「知りたいという欲求に抗うことが出来ない。
今だってそう……知りたくてたまらない」

「何を知りたいんですか?」

「まずは白龍が君に与えた剣がどういう性質のものか」

この世界にはないはずの白龍の剣がなぜかしっかりと右手に握られており、望美は一瞬視線を剣に落とすと、再び弁慶に向き直った。

「それから龍神の神子である君や、君が秘めている力……」

どくんと鼓動が跳ね上がる。
剣と同様にこの世界にはない、いつも首からさげている白龍の逆鱗を、つい着物の上から握ろうとしてしまう。

(弁慶さんは白龍の逆鱗のこと、知らないはずなのにどうして?)

一度皆を失った時に託されたこの逆鱗の力で時空を遡り、皆が生きてる未来を探していることは、望美以外知らないことだった。
そして続く言葉が、望美をさらに動揺させる。

「それに君自身のことをよく知りたいんです。
君は本当に興味深い人ですからね」

(私……?)

告白のようにも取れる言葉――しかしそこに甘さはない。

「それだけですか?」
探るような低い声に、弁慶が口元を緩めふふっと微笑む。

「……それから、自分の力がどんなものなのかについても……試してみないと気がすまない」

「試さないと知ることが出来ないんですか?」

「ええ、試さなければ結果が分かりませんから」

さらりと返る言葉。
確かに弁慶は勉強熱心で、薬学や龍神・呪術などの知識が豊富であり、それらは彼の探究心の賜物だった。

「僕は興味がわけば誰彼となく戦いを挑ませてもらってます。だから人呼んで……荒法師」
「荒法師……」

弁慶の口にした言葉を繰り返しながら、以前交わした会話を思い出す。
それは春の京で、比叡山を訪れた時のことだった。

『これでも僕、昔は荒法師として悪名をとどろかせていたんですよ』

『荒法師?』

『信じられませんか。そう言ってもらえるのは
嬉しいですね。でも、本当なんですよ』

(さっきからいつもの弁慶さんとどこか違うと
思っていたんだけど、もしかして今目の前にいるのは過去の弁慶さんなの?)

“挑ませてもらってる”と現在形で口にした弁慶。
しかし、望美が行動を共にするようになってから、彼がそのように戦いを挑んでいる姿など一度も見たことがなかった。

(でも、それだったらどうして私のことを知ってるの?)

望美と出逢う以前の弁慶ならば、望美のことを知りようもないはずなのだ。
なのにこの夜桜が咲き乱れる境内で初めて会った時に、弁慶はいつもと同じように“君”と呼びかけてきた。

「幸い今日は満月。この満開の桜の下ならば……君と僕が手合わせする舞台として申し分ないでしょう」
「わかりました。手合わせしましょう」

妖艶に微笑む弁慶に、彼が本気であることを悟った望美は頷き、鞘から剣を抜いた。

「君は潔いですね。実に好ましい性質です」
いつもの甘言のような口調のまま、ぶんっと薙刀を振って身構える弁慶。

「君と戦えるなんて光栄ですよ。手加減は無用です」
――そうでないと君が怪我をしますから。
す……っと一段声が低くなり、周りの空気が緊張を帯びる。

「――ではいきますよ」
言うや、振り下ろされた薙刀を剣で受け止め流す。

「く……っ」
「ああ、いい動きですね。流れるようだ」

打ち込みながら、うっとりと呟く弁慶。
だが好奇心に満ち溢れたその瞳の奥では、冷やかに敵を分析している――まさにこの場を楽しむ
荒くれものの瞳。

「ここかと思えばまたあちら……君は花のように舞う。その動きに幻惑される……。ですが――」

瞳に宿る、研ぎ澄まされた光。

「見切った!」
キンッとかん高い音が響き、剣が弾かれる。

「うわっ!」
どしんと尻餅をついた望美は、ハッと弁慶を見上げた。

「どうしたんですか? 望美さん」
「えっ? あれ……弁慶さん?」
そこは先程までいた、天界の草原。

「あ、あれ? 桜は?」
「夢でも見たんですか?」
状況の変化についていけず、呆然とする望美に、弁慶がいつものように穏やかに微笑みながら、
手を差しのべる。

「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
動揺を隠せない望美に、弁慶は密かに口の端をつりあげる。

(君の決意……想い……見せてもらいました。
君はやはり気高くて、そして――)

胸の奥底で湧き上がる高揚。
強き者のその源を探るべく、戦いを挑んでいた
在りし日の自分を揺さぶる美しい姿に、高揚する想いを抑えきれない。
か弱き少女として、尊き神子として守りたいと
思う常なる心と真逆な想い。

(君はこんな僕をどう思うのでしょうね?)

軍師の自分、薬師の自分、そして荒法師の自分。
他人に自分を理解して欲しいと思ったことなどなかったのに、望美には過去の自分を見せたいという夢を持っていたと、思いがけず知ることとなった夢の小箱。

(君にだけはもっと見てもらいたいんです。
これまでの僕も、これからの僕も――そしてまだ誰も見たことのない僕も)

応龍を復活させて、京への加護を取り戻させる。
成すべきことを成し遂げたその時、もしも残された時間があるのなら。

「胸のうちをくまなく打ち明け、この想いを明かしましょう。大切な君に……」
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