聞こえない振りをして

弁望13

目の前の怨霊を切り伏せ振り返ると、弁慶の周りの数体の怨霊の存在に、助勢しようと踏み出した瞬間、薙刀が振り下ろされ、バタバタと怨霊が地に倒れる。

「望美さん、今です」
「……はい!」
白龍の剣に気を集中させると、浄化の力を発揮する。
五行へと還っていく様を見届けると、弁慶の元へと駆けて行く。

「弁慶さん、大丈夫ですか?」

「君に駆け寄ってもらえるなんて光栄ですね。
ですが、そんなに僕は頼りないですか?」

「――弁慶さん、腕を痛めてますよね?」

「なんのことでしょう?」

「隠してもダメですよ。さっき、私を庇った時、無理な体勢をとったからひねったはずです」

普段無駄のない彼の動きにわずかな乱れがあったのを、望美は見逃さなかった。
言い逃れは許さないと眼差しを強めれば、観念したように小さく吐息をこぼして弁慶が苦笑する。

「――君にはかないませんね」
「腕を見せてください」
素直に腕を差し出せば、慣れた手つきで治療する望美。
彼女に薬師の技を教えたのは他でもない弁慶自身。

「ふふ、こうして君に手当てしてもらえるなんて、僕だけの特権ですね」
通常ならば、仲間の手当ては薬師である弁慶の役割。
だから、彼を治療する者は自身を除けば、目敏く異変に気づく望美だけ。それを揶揄るも、顔を上げた彼女の思いがけず強い眼差しに言葉を飲む。

「あなたの傷を癒すのが私だけなら、それは私だけの特権です。だから弁慶さん、あなたが困った時は私を呼んでください。
いつだって、私はあなたのそばにいますから」

以前から感じる望美の自分に対する執着。
それはただの仲間意識と呼ぶものではなく、どうしようもなく弁慶の心を揺らす。
けれどもその想いに気づいてはいけない。
悟られてはいけない。
だから弁慶は笑顔の仮面をはりつけると、ありがとうございますと微笑んで、優しくその手を拒否する。
成し遂げる贖罪の先に、続く未来はないのだから。

2017/06/12
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