「おはようございます、敦盛さん」
「ああ、おはよう、神子。起こしてしまったか?」
隣りで寝ていた敦盛が起きた気配で目を覚ました望美は、ふるふると首を振って微笑んだ。
この世界に来てから早く寝るようになったというのに、やはり朝には弱く、いつも敦盛の方が先に目を覚ますので、望美は慌てて朝餉の仕度をしようと身支度を整え始めた。
――が。
「……っと。あれ? う~ん……あっ!」
何やら格闘しているらしい声に、敦盛が衝立の向こうからそっと声をかけた。
「神子? 何かあったのか? 入っても良いだろうか?」
「あ、はい」
諾の返事を受け部屋に入ると、紐を片手に苦戦している望美の姿が目に入った。
「どうしても紐で結わくのって慣れなくて」
元いた世界では、髪を結わくのは紐ではなくゴムだったため、勝手が違うそれに上手くまとめられず。
眉を下げて途方にくれている望美に、敦盛は歩み寄るとそっと懐から櫛を取り出した。
「敦盛さん?」
「私が結わこう。その……神子が構わなければ、だが」
「えっと……お願いしてもいいですか?」
ほんのり頬を染めて、上目遣いに見つめる望美に頷くと、傷つけないように優しく櫛で梳いて、望美の差し出した山吹色の紐でひとつにまとめる。
「ありがとうございます。敦盛さん、上手ですね!」
鏡に映して、バランスよく結わかれた紐と、綺麗に束ねられた髪に、望美が満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうだ! よかったら今度は私に敦盛さんの髪を結わせてもらえませんか?」
「神子が私の髪を?」
「はい。まだ紐で結わくのに慣れないので、練習させてもらえたらなぁって思って」
「……あなたが望むなら」
まだ下ろしたままだった髪に、戸惑いつつも頷くと、望美は嬉しそうに敦盛の後ろへと回り、そっと髪に触れた。
紺桔梗の髪はまるで絹糸のように滑らかで、その美しさに感嘆する。
「敦盛さんの髪って、すごく綺麗ですね」
「そ、そんなことは……」
髪に触れる望美の指の感覚がこそばゆくて、熱をはらむ顔を隠すかのように敦盛が目を伏せる。
あまりにも美しくて、櫛を入れることを躊躇うも、滑らかな髪は櫛に引っかかることはなく、さらさらと流れるそれを丁寧に梳いて、揃いの結わい紐でまとめた。
「出来ました! ふふ、お揃いですね」
自分の髪紐を指差し微笑む望美に、敦盛も柔らかく微笑む。
「あ、でも敦盛さん、いつも上でまとめてましたよね?」
「いや、今日はこれで大丈夫だ。それより朝餉の仕度をしよう」
「はい!」
敦盛に促されて、望美がかけ湯巻をつけて厨へ向かう。
ヒノエの邸で料理を習い、拙いながらも二人助け合う日々は、かけがえのない喜びだった。
「今度、市であなたに似合う飾り紐を買おう」
「え? 私のですか?」
「ああ。あなたのその美しい髪に映えるようなものを」
「そ、そんなの、敦盛さんの方がずっと綺麗じゃないですか」
「私は男だ。綺麗という言葉は、あなたのような女性のものだ」
野菜の皮を丁寧にむきながら微笑む敦盛に、望美が頬を淡く染める。
この日から、互いの髪を梳き、結わくのが二人の間の慣習になった。
そして、紫苑の髪に映える、山吹色の可愛らしいリボンを敦盛が贈ったのは、数日後のことだった。