菓子より甘く

敦望21

「う~ん……」
「望美? どうかしたの?」
「あ、朔。この着物、星の一族の人が贈ってくれたんだけど……」

望美の手元には、上品な燈色の衣。
それは、彼女が着るにはやや落ち着きすぎている感じのものだった。

「これ、私が着るよりもっと似合う人がいると思うんだよね」

尼僧である自分がこのような華美な衣を着るはずもなく、朔は該当人物が思い当たらずに首を傾げた。
女性用の衣となると、望美か自分しか着れないはずなのだ。

「望美は誰に似合うと思ったの?」
「あのね……」
小声で耳打ちされたその名に、朔はまぁ……と瞳を瞬いた。

「確かに似合うかもしれないけど……さすがに女人のものを着たりはしないと思うわ」

「うん。だから、ちょっと策を講じて着てもらおうかなって」

にこやかに微笑むと、二人は何やら密談を始めた。

 * *

「敦盛さん!」
屋外に出ていた敦盛が、自分の部屋へと戻ろうと歩いていると、彼を呼び止める声が聞こえた。

「Trick or Treat?」
突然の横文字に虚をつかれた敦盛に、望美はにっこり微笑み説明する。

「私のいた世界では、この時期ハロウィンと言うイベントがあるんです」

亡くなった人を偲ぶのと、秋の収穫を祝う祭だというハロウィンに、敦盛はどうして死者を偲ぶのと収穫を祝うことが一緒になっているのだろうと戸惑いつつも、とりあえず頷いた。

「それでその『はろうぃん』という行事は、どうすればよいのだろうか?」

「皆思い思いに仮装して、『Trick or Treat?』……お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞって意味なんですけど、そういってお菓子をねだるんです」

「では、私も神子に何か菓子を渡さなければならないのだな」

言いつつも、あまり菓子を食することがない敦盛が持っているはずもなく。
彼は困ったように望美を見た。

「神子、すまない。あいにく菓子を持ち合わせていないのだが……」
「じゃあ、悪戯ですね!」

敦盛の返事に、待ってましたとばかりに瞳を輝かせた望美に、一抹の不安がよぎる。
悪戯とは? と問おうとした瞬間、手を引かれ連れて行かれたのは彼女の部屋。
そこにはもう一人の龍神の神子である朔もおり、敦盛は戸惑いながら望美を振り返った。

「み、神子。一体何を……」
問いを遮るように差し出された衣。
それは燈色の、華やかさの中にも品のあるものだった。

「これ、星の一族の人に貰ったんですけど、私より敦盛さんに似合うと思ったんです」

「……しかし、これは女人のものだと思うのだが……」

「だから『Trick or Treat?』なんです」

きっぱりと言い切られ、彼女が何を『悪戯』しようとしているかに気がついた。

「神子。申し訳ないが、これを着るわけにはいかない」

私は男なのだから……そう続けようとした敦盛の言葉は、しかし興奮している望美の耳には届かず。
着物を着せて、髪まで解くと、その美しさに感嘆の息を漏らした。

「綺麗……やっぱり敦盛さんに似合いますね!」
「敦盛殿が着られると、鮮やかな中にも品が溢れていて……本当に望美の言う通りだわ」

うんうんと頷きあう両神子に、しかし敦盛はずんと落ち込んだ。
女人の衣が似合うと言われて、男が喜ぶはずもないのである。
しかし、異世界の行事で盛り上がっている空気を壊すのも躊躇われ、敦盛は途方にくれてその場に立ち尽くしていた。

「姫君たちは何を語らっているんだい?」
「あ、ヒノエくん」
「敦盛? お前、何でそんな格好を?」
「いや、これは……っ」
「あのね……」
望美から説明を受けたヒノエは、にやりと口角をつりあげると、眉を下げ困り果てていた敦盛にそっと耳打ちをした。

「ヒノエくん?」
「「Trick or Treat?」」
突然の台詞に、望美と朔は瞳を白黒させると、
あっ! と呟き顔を見合わせた。

「こう問われたら、お菓子を差し出すのよね? 確か厨に兄上が持ってきた唐菓子があったから、持ってくるわ」

「俺も行くよ。ついでにお茶もあった方がいいだろ?」

朔と連れ立って部屋を出て行ったヒノエに、望美は困ったように敦盛を見た。

「九郎さんから貰った柿はさっき食べちゃったからないし。う~……じゃあ悪戯ですね」
先程と逆になってしまった立場にうなだれると、敦盛が小さく首を振った。

「神子、私は悪戯よりも菓子の方が良いのだが……」

「ごめんなさい。今、甘いものを持ってなくて……だから」

言いかけた望美の唇に重なるぬくもり。
驚き瞳を瞬くと、蕩けそうな眼差しがふわりと微笑みかけた。

「神子は菓子よりずっと甘い……」

心地良い低音の響きに、ぼんっと顔が真っ赤に染まる。
言葉を発することも出来ず、よろけるように一・二歩下がると、ものすごい勢いで部屋を飛び出していく。

「神子!?」

後ろから焦った敦盛の声が聞こえたが、パニックを起こした身体は足を止めず。
その日、夜まで望美は行方不明になった。
真実を知るのは、顔を青ざめた敦盛だけ。
秘めた二人だけのハロウィン。
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