「ねえ、望美はチョコ誰かにあげるの?」
友達の問いに、望美はぱちぱちと瞳を瞬いた。
どうして? と聞き返そうとして、とあるイベントを思い出す。
「バレンタイン!」
つい先日まで異世界で剣を振るうという現実離れした体験をしていたために、すっかり忘れ去っていた。
「今日は……十日!? ごめんっ、私帰るね!」
「ちょっと、望美ー!」
呼びかけに、しかし急ぎ飛び出していった望美の姿はすでになく。
その姿についに春日望美に本命が出来たという噂が学校中に広まり、有川兄弟狙いの女子が歓喜したとか。
* *
そうして迎えたバレンタイン当日。
に、望美はがくりと打ちひしがれた。
目の前には数多の失敗作。
「これしかまともなの作れなかったよ……」
あの日大慌てで手作りチョコキットを買ったものの、火が強すぎてムラが出来てしまったり、柔らかすぎてうまく固まらなかったりと、出来上がったチョコは散々なものだった。
何とか食べられそうなのは、コロコロと転がして作った不格好なトリュフチョコ一粒だけ。
「はぁ。今年は買ったのにしようかな」
ちらりと綺麗にラッピングされた将臣・譲兄弟と父にあげる予定の市販のチョコを見つめ、ため息をつく。
あの世界から望美と共にやってきた敦盛に、想いを込めた手作りチョコを渡したいと思ったのだが、自分の料理の才能のなさをすっかり忘れていた。
「こんなことになるなら、もっとちゃんとならっておけばよかったな」
隣りには料理上手な幼馴染がいるというのに、食べる方にばかり走っていた自分を悔やむ。
「望美―。敦盛さんがいらしたわよー」
「え? わっ、ちょっと待って!」
慌てて止めるも、すでに母の案内で家に上がっていた敦盛はすぐに望美の元にやってきてしまった。
「望美、これは……?」
「えっと、これはその……バレンタインのチョコ――の失敗作です」
「ばれんたいん?」
聞きなれない言葉に首を傾げる敦盛に、望美は観念すると説明を始めた。
「今日はバレンタインで、好きな人にチョコを渡す日なんです。だから、私も敦盛さんにって思ったんですけど……」
初めての恋人らしいイベントだとはりきったものの、テーブルの上の失敗作に顔を曇らす。
と、敦盛が一粒のチョコを手に取った。
「食べてもいいだろうか」
「え? あ、はい。でもきっと美味しくないですよ」
うなだれる望美に、敦盛はたった一つの成功作を口にする。
「美味しいな」
「え?」
「私を想ってあなたが作ってくれたものなのだろう? ……とても美味しい」
ふわりと微笑む敦盛に、望美の顔にも笑みが戻る。
「ごめんなさい。来年はもっと頑張りますね」
「ああ。楽しみにしている」
「じゃあ今年は諦めて、市販の美味しいチョコを買いに行きましょう」
「ばれんたいんはチョコでなければいけないのだろうか?」
「え? そんなことはないですけど……」
「あなたがよければチョコではなく、別のものをお願いしてもいいだろうか」
思いがけない言葉に、望美が瞳を瞬く。
「ばれんたいんが甘いものを贈る日ならば……」
目の前にあるのは、長い睫毛を伏せた端麗な顔。
触れた柔らかな唇の感触に、しかし状況が飲み込めない望美は呆けた。
「……望美?」
「え? あ……!」
心配そうに覗きこむ紫紺の瞳に、我に返った望美が自分の口元を手で覆う。
(今、私、敦盛さんとキス……した?)
壊れんばかりに早鐘を打つ鼓動に、頬が急速に熱を孕む。
「すまない。驚かせてしまったな。だがチョコは先程もらった。だからもっと甘い……あなたをと」
「え、えっと、嫌じゃないんです。ただ、突然だったから驚いただけで……!」
「そ、そうか」
ほっと瞳を緩めた敦盛に、望美も微笑む。
「――そういえば敦盛さんも熊野にいたことがあるんですよね」
「? ああ」
「さすがは熊野……」
かつて共に旅した朱雀の加護を受けた二人を思い出して、苦笑する。
思いがけない敦盛の行動に驚きつつも、進展した関係に望美は喜んだ。