癒しのkiss

敦望2

「お前、口づけぐらいはしたんだろうな?」
「なっ……」
ヒノエの言葉に、敦盛の顔がばっと赤く染まる。

「穢れたこの身でそのようなこと、出来るはずもないだろう」

「お前、まだそんなこと言ってるのか? 望美は全て分かったうえでお前を選んで、この世界に残ったんだろ?」

それは敦盛自身も分かっていた。
共に生きる道を選び寄り添い……それでもなお躊躇うのだ。
自分のような者が彼女に触れるのは罪なのではないだろうか、と。

「敦盛さん! ヒノエくん」
「やあ、姫君。今日も麗しいね」
駆け寄ってきた望美に、ヒノエがすかさず甘言をかける。

「ヒノエくんは相変わらずだね。……敦盛さん?」
くすくすと微笑みながら、望美は黙ったままの敦盛を不思議そうに覗きこんだ。

「どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
「そう、ですか?」
言葉を濁す敦盛に、望美は一瞬顔を曇らせるとくるりと身を翻した。

「ごめんなさい。お話の邪魔しちゃったみたいですね。私、向こうに行ってますね」

「あ……!」

呼び止める間もなく去ってしまった望美に、敦盛は伸ばしかけた手を胸元に戻す。
そんな敦盛に、ヒノエははぁと息を吐き出した。

「お前が望美を求めないなら、遠慮はしないぜ? 俺ならあんな寂しい顔はさせないからね」
「………っ」
挑発めいた言葉に、しかし言い返すことが出来ない。

「好きになれば触れたい。そんなの男も女も同じだろ? お前が躊躇ってたら望美はどうすればいい?」

「神子には……」

「他の誰かが、なんて言うなよ」

わずかに怒りを滲ませたヒノエに口をつぐむ。

「ま、お前がどうしても無理っていうなら俺が望美を貰うぜ」

「それはできない。神子は物ではないのだから」

「そう。お前のものでもない。だったら、俺が口説いてもいいんだろ?」

幼馴染の瞳に宿る真剣な光に、敦盛はきゅっと唇を引くとふるりと首を振った。

「だめだ。ヒノエ……お前に神子は渡せない。いや、お前だけでなく誰にも渡したくない」

「口づけすら出来ないのに?」

「私だって神子に触れたいと思っている!」

きっぱりと言い切った敦盛に、ヒノエがにやりと口角をつりあげた。

「ようやく口にしたな。―――出ておいで。姫君」
「――――っ!」
呼びかけに、望美が気まずそうに建物の陰から出てきた。

「神子……! いつからそこに?」
「……ごめんなさい。敦盛さんの様子がおかしかったから気になって……」

つまりそれは、ずっと話を聞いていたということ。
告白を聞かれた恥ずかしさに、敦盛は頬を染めて顔をそらした。

「後は直接本人に言うんだな。ここまで言っといて『やっぱり』はなしだぜ?」

しっかりと釘を刺してから去っていったヒノエに、何を話せばいいか困っていると、望美が先に口を開いた。

「私は敦盛さんに触れて欲しいです」

「しかし、私は穢れていて……」

「敦盛さんは穢れてなんかいません。あなたが穢れているというなら、私だってそうです。自分の望みの為に剣を振るって人を傷つけてきたのだから」

「いや。あなたは平家一門が怨霊を使役していたから、まきこまれただけだ」

「ううん。違うんです」

首を横に振ると望美はまっすぐに敦盛を見つめた。

「本当は望んじゃいけないのかもしれない。私は自分のエゴで運命を歪めて今を得たのだから」

翡翠の瞳に宿るのは、多くの痛みや悲しみ。

「私は敦盛さんが思うような人間じゃないんです。それでも……私は敦盛さんと生きたいんです」
「神子」
その姿が痛々しくて、抱き寄せてその言葉を遮る。
唇に重なるぬくもり。

「あなたは……綺麗だ。今も昔も」
「私は……」
「私はあなたを愛してる。この想いはずっと変わらない」

あなたのすべてが、私の救いなのだから――。 そう告げて口づける唇に、望美の瞳から涙がこぼれる。
ここに存在する事がたとえ許されざる罪であっても。
それでも共にありたいと、そう願い、二人は口づけを交わす。
互いを癒す口づけを――。
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