「お前、口づけぐらいはしたんだろうな?」
「なっ……」
ヒノエの言葉に、敦盛の顔がばっと赤く染まる。
「穢れたこの身でそのようなこと、出来るはずもないだろう」
「お前、まだそんなこと言ってるのか? 望美は全て分かったうえでお前を選んで、この世界に残ったんだろ?」
それは敦盛自身も分かっていた。
共に生きる道を選び寄り添い……それでもなお躊躇うのだ。
自分のような者が彼女に触れるのは罪なのではないだろうか、と。
「敦盛さん! ヒノエくん」
「やあ、姫君。今日も麗しいね」
駆け寄ってきた望美に、ヒノエがすかさず甘言をかける。
「ヒノエくんは相変わらずだね。……敦盛さん?」
くすくすと微笑みながら、望美は黙ったままの敦盛を不思議そうに覗きこんだ。
「どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
「そう、ですか?」
言葉を濁す敦盛に、望美は一瞬顔を曇らせるとくるりと身を翻した。
「ごめんなさい。お話の邪魔しちゃったみたいですね。私、向こうに行ってますね」
「あ……!」
呼び止める間もなく去ってしまった望美に、敦盛は伸ばしかけた手を胸元に戻す。
そんな敦盛に、ヒノエははぁと息を吐き出した。
「お前が望美を求めないなら、遠慮はしないぜ? 俺ならあんな寂しい顔はさせないからね」
「………っ」
挑発めいた言葉に、しかし言い返すことが出来ない。
「好きになれば触れたい。そんなの男も女も同じだろ? お前が躊躇ってたら望美はどうすればいい?」
「神子には……」
「他の誰かが、なんて言うなよ」
わずかに怒りを滲ませたヒノエに口をつぐむ。
「ま、お前がどうしても無理っていうなら俺が望美を貰うぜ」
「それはできない。神子は物ではないのだから」
「そう。お前のものでもない。だったら、俺が口説いてもいいんだろ?」
幼馴染の瞳に宿る真剣な光に、敦盛はきゅっと唇を引くとふるりと首を振った。
「だめだ。ヒノエ……お前に神子は渡せない。いや、お前だけでなく誰にも渡したくない」
「口づけすら出来ないのに?」
「私だって神子に触れたいと思っている!」
きっぱりと言い切った敦盛に、ヒノエがにやりと口角をつりあげた。
「ようやく口にしたな。―――出ておいで。姫君」
「――――っ!」
呼びかけに、望美が気まずそうに建物の陰から出てきた。
「神子……! いつからそこに?」
「……ごめんなさい。敦盛さんの様子がおかしかったから気になって……」
つまりそれは、ずっと話を聞いていたということ。
告白を聞かれた恥ずかしさに、敦盛は頬を染めて顔をそらした。
「後は直接本人に言うんだな。ここまで言っといて『やっぱり』はなしだぜ?」
しっかりと釘を刺してから去っていったヒノエに、何を話せばいいか困っていると、望美が先に口を開いた。
「私は敦盛さんに触れて欲しいです」
「しかし、私は穢れていて……」
「敦盛さんは穢れてなんかいません。あなたが穢れているというなら、私だってそうです。自分の望みの為に剣を振るって人を傷つけてきたのだから」
「いや。あなたは平家一門が怨霊を使役していたから、まきこまれただけだ」
「ううん。違うんです」
首を横に振ると望美はまっすぐに敦盛を見つめた。
「本当は望んじゃいけないのかもしれない。私は自分のエゴで運命を歪めて今を得たのだから」
翡翠の瞳に宿るのは、多くの痛みや悲しみ。
「私は敦盛さんが思うような人間じゃないんです。それでも……私は敦盛さんと生きたいんです」
「神子」
その姿が痛々しくて、抱き寄せてその言葉を遮る。
唇に重なるぬくもり。
「あなたは……綺麗だ。今も昔も」
「私は……」
「私はあなたを愛してる。この想いはずっと変わらない」
あなたのすべてが、私の救いなのだから――。
そう告げて口づける唇に、望美の瞳から涙がこぼれる。
ここに存在する事がたとえ許されざる罪であっても。
それでも共にありたいと、そう願い、二人は口づけを交わす。
互いを癒す口づけを――。