恋音

敦望19

晴れた日曜日の昼下がり。
敦盛と連れ立って歩いていた望美は、不意に呼ばれた名前に敦盛をじっと見返した。

「雑誌に載っていた店は、この道をまっすぐに行ったところだと思うのだが……」

「…………」

「望美?」

「……あ、はい。なんですか? 敦盛さん」

「今日はいつもより口数が少ないように思う。
もしかして体調が優れないのではないだろうか?」

「大丈夫です。どこも悪いところなんてありません」

「ならいいのだが……」

気遣わしげな敦盛を笑って誤魔化しながら、望美は熱をはらんだ頬に手を添える。
普段よりも早い胸の鼓動は、喜びから。
敦盛に名前を呼ばれる……そのことが嬉しくて、幸せで、そんなささやかなことに跳ね上がる鼓動が、どれだけ敦盛のことが好きなのかを示しているようで、嬉しくも照れくさい。

「触れてもいいだろうか?」

「あ、敦盛さん?」

「……熱はないな。だが、顔が少し赤い。ランチはまたにして、今日は帰った方がいいのでは……」

「大丈夫です。顔が赤いのは熱があるからじゃなくて、敦盛さんが傍にいるから……」

「え?」

「敦盛さんが名前、呼んでくれるのが嬉しくて……だから、大丈夫です」

「そ、そうか」

望美の思いがけない言葉に、一瞬驚いた顔をした敦盛は、彼女と同じように頬を染め視線を落とす。
ずっと『神子』と、そう望美を呼んでいた敦盛が、名前で呼んでくれるようになったのは、つい一週間前のこと。
変わった呼び名に、また一つ彼の近しい存在に慣れた気がして、たまらなく嬉しく、そして少しだけ照れくさくもあった。

「お店、空いてるといいですね。少し時間をずらしたけど、人気があるところだから」

「望美と一緒ならば、待つ時間も楽しいと思う。それに、あなたが勧める料理にも興味がある」

「私もすごい楽しみです。でも、敦盛さん、パスタは初めてですよね?」

「ああ。だが、大分こちらの味にも慣れてきた。それに、新しい味を知ることも楽しいと思う」

「よかった。デザートも美味しいんですって。楽しみですね!」

「ああ」

つい話に夢中になって周りに注意を怠った望美は、歩いてくる人にぶつかってしまい、ふらりとよろけた身体を敦盛に支えられた。

「ご、ごめんなさい」

「いや……やはり休日は人が多いな。望美、あなたがいやでなければ……手を」

「え?」

「先程のようにぶつかって、転んでケガをしてしまったら危ない。手をつないでいれば、とっさの時にもあなたを守れると思う」

差し出された手に、またひとつ、鼓動が跳ね上がる。
とくん、とくん。いつもよりも早く刻まれるその音は、けれどもちっとも嫌ではなく、嬉しくて、幸せで、敦盛が傍にいてくれることを伝えてくれる。

「いいだろうか?」
「はい! 敦盛さんと手、つなぎたかったんです」
以前、まだ異世界の仲間たちが共にいた頃、鎌倉の龍脈の乱れについて心を痛めている敦盛に触れたいと、そう思ったことがあった。 今は無理でもいつか――そう思った想いが今、叶っていた。
手をつなぐ。名前を呼ばれる。
ささやかだけど、それは大きな変化。
神子と八葉から、恋人へ。
二人の関係が変わった証。

「そ、そうか」

照れくさそうに頬を染めながら、それでもしっかりと握り返してくれることが嬉しくて。
とくん、とくん。胸の鼓動は、普段よりもずっと早いリズムで刻む。
けれども心地よいその音に委ねながら、二人手をつないで恋音を刻んだ。
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