告白

敦望13

望美が後ろから抱き付いてきたとき、敦盛はその腕に答えるように自らの手を伸ばしかけ、しかし彼女に触れる寸前でその腕はゆっくりと戻っていった。

望美への断てぬ想いと、彼女の願いに後押され、この世界に残ることを選んだ敦盛であったが、いまだ『怨霊たる自分がこの世界に、望美の傍にいていいのか』という思いを拭えずにいた。
本来在らざる存在である自分。
それでも望美は、敦盛に傍にいて欲しいと言った。
敦盛も望美の傍に居たかった。
だが、いまこうして彼女の腕に抱かれていても、やはり彼女をこの身に触れさせるのは穢れではないかと思ってしまうのだ。

照れたような、困ったような笑みを返す敦盛に、望美も不安を抱いていた。
いつも触れていないと、突然消えてしまいそうで怖かった。
それに、望美が敦盛を抱きしめると、いつも困ったような笑みを返すだけで、決して敦盛から触れてくることはなかった。
拒絶はされないが、それは自分が神子だからではないか?

人一倍優しくて、でもいつも自分を恥じて一歩身を引いている敦盛のことが、望美は大好きだった。
この世界に残ることを選んでくれた敦盛も、同じ気持ちなのだと思っていた。
でも、それはもしかしたら自分の都合の良い思いで、実は望美の懇願を断れなかっただけなのかもしれない。 そう思うと、望美の胸はくっと締めつけられた。
不安と悲しみ、申し訳なさなど次々に浮かんできて、望美は苦しさに敦盛の背に顔をうずめてしまう。

「神子……?」
望美の変化を感じ取り、敦盛が振り返ろうとするが、望美はぶんぶんと頭を振って、それを阻止した。

「見ないで! 今の私を見ないで……!」
拒絶の言葉を口にした途端、涙が溢れ出てきた。
苦しみが次々とこぼれ、敦盛の背中を濡らしていく。

「神子? 私は何かあなたを傷つけることをしたのか……?」
声を殺して泣く望美に、知らず傷つけたのではないかと、敦盛の声が曇る。

「違います……! 敦盛さんは何もしてないです! 私が……私のせいで……」
己を責める敦盛を、望美は慌てて否定する。

「神子……後ろを向かせてくれないか? あなたが泣いてるのを放っておけないんだ」

「……放っておけないのは、私が“神子”だからですか?」

気遣う敦盛に、つい口から不安がもれてしまう。
一瞬息を呑む気配に、望美はそれが肯定のように思えた。
胸がさらに締め付けられる。

「ごめんなさい……ッ私がここにいてって……そう願ったから、大切なものを奪ってしまった……ッ」

押し寄せる後悔。
共に居たいという望美の願いのために、敦盛は仲間や住む世界を捨てなければならなかったのだ。 そんな思いをさせたというのに、自分は都合の良い解釈で、一人幸せな気持ちでいたのだ。
罪悪感で胸がつぶれそうになったその時、優しいぬくもりが望美を包み込んだ。
向き直った敦盛が、胸に抱き寄せたのだった。
顔をあげると、優しい敦盛の瞳が注がれていた。

「そんなふうに思わせていたのか……すまない」

「そんな……ッ謝るのは私なんです!」

「違う。あなたは何も悪くない。私は自分でここに……あなたの傍にいることを選んだんだ。
あなたが願ったからではなく、私があなたの傍にいたかったんだ」

「敦盛さん……」

「私の不安が、あなたまで不安にさせてしまった……本当にすまない」

「……敦盛さんは何が不安なんですか?」

瞳を曇らせる敦盛に、望美は彼を救いたいとまっすぐに見つめ返した。
瞼が赤く腫れあがった望美に、敦盛は苦しそうに口を開いた。

「私は怨霊……この世にあらざるべき存在だ。そんな私があなたの傍にいていいのかと……」

「いいに決まってます! 敦盛さんは私の大切な……大好きな人なんです!」

己の存在を否定する敦盛に、望美は力いっぱい叫んだ。
言葉にしても足りない、この想いを伝えるように、敦盛の身体にしがみつく。

「神子……」

「敦盛さんがずっとそのことで悩んでいることも知っています。でも、あなたが何であっても、私はあなたのことが好きなんです!」

敦盛が消えてしまうのではないかと言う不安。
それは怨霊の身ゆえではなく、彼が己の存在を否定し、自ら消してしまうのではないかと、その思いが拭えなかったからだった。

「私は……怨霊だ。それは変えられない。それでも……私はあなたの傍にいたい。私は……あなたが好きなんだ」

敦盛の初めての告白に、望美の瞳からまた涙が溢れ出た。
だが、それは先ほどとは違い、嬉し涙だった。
敦盛が自分を好きだと……そう言ってくれたことが、とても嬉しかった。

「神子……?」

また泣き出してしまった望美に、敦盛が困ったように彼女を見つめる。
望美は涙を流しながら顔をあげると、敦盛がまた誤解してしまわないようににっこり微笑んだ。

「悲しくて泣いてるんじゃないですよ。嬉しくて……敦盛さんが初めて好きだって言ってくれたから……だから嬉しかったんです」

「神子……」

ほっと安堵の息を漏らすと、敦盛は優しく望美を抱きしめた。
今までどんなに望美が触れても、決して彼から抱きしめてくれることはなかった腕。
その腕に抱き寄せられて、彼の胸の中にいるということがとても幸せだった。

「大好きです……敦盛さん」
「ああ……あなたを……望美を愛してる」
不安から解き放たれた二人は、お互いの存在を確かめるように、身を寄り添っていた。
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