平家の神子

弁慶2、平家の神子

――しゃらん。
耳に響いた鈴の音に、望美ははっと飛び起きた。
それはこの世界に望美を誘った龍の鈴。
その鈴の音の誘いに、急ぎ身支度を整え外へ飛び出した。

 * *

「――おい、斬っても斬ってもきりがないぞ!」
「なんとか隙を作って逃れる以外ありませんね。このままでは、僕たちの体力が先に尽きてしまいます」

斬ってもすぐに起き上がる怨霊武者に顔をしかめる九郎に、薙刀を構えた弁慶が鋭く前を見据える。 何度斬り結んでも倒れることのない怨霊に勝てる術はない。 倒れたわずかな隙に撤退するほかないと、襲いかかる怨霊に薙刀を振るおうとした瞬間、目の前に少女が割り込んだ。
キンッ、と響く金属音。
しかし少女は臆することなく、手に持った剣で素早く怨霊を斬った。

「……君は!?」
「話は後です! やあああっ!」

襲いかかって来た他の怨霊にすかさず応じる望美に、弁慶も口をつぐんで薙刀を突き刺す。

「めぐれ、天の声! 響け、地の声! かのものを封ぜよ!!」

望美の声に、怨霊が光に包まれ消えていく。
その光景に、九郎は信じられないものを見たように息を呑んだ。

「怨霊が……消えたというのか! 本当に――!」
「ふう……」
「君が……」

景時の妹・朔が話した出来事と、目の前で起こった出来事が脳裏で重なる。

(不可思議な装束、女人の身で剣を振るう様子。怨霊を封じたという女性は、もしかして……)

羽織を着て足をさらす不思議な女に、弁慶は胸の内の疑問を隠し微笑みかけた。

「……君は不思議な人ですね。こうして見てみると、ただの可憐なお嬢さんにしか見えないのに……」

なのに振るった力は稀有なるもの。
それは彼女が伝承に記されたもう一人の龍神の神子である証だった。

「君のおかげで助かりました。ありがとうございます」
「……助けてもらったことは礼を言う。だが、女人がこのような真似をするなど、感心せんぞ」

微笑み礼を述べる弁慶に反して、むすりと苦言を呈す九郎。
その光景も以前と同じもので、望美はくすりと微笑んだ。

「何を笑ってる」
「なんでもないです。九郎さんと弁慶さんが無事でよかったです」
「……どうして俺たちの名を知っている?」

警戒を露わにする九郎に、しまったと口をつぐむ。
望美にとっては再会だが、この時空の九郎たちにとっては初対面なのだ。
どう説明しようか困っていると、望美を追ってきた将臣と敦盛が駆け寄った。

「――おい! 望美! お前、また怨霊と戦ったのか!? 何かあってからじゃ遅いんだぞ……ったく。あんまり心配かけるなよ」
「うん、ごめん」

こつん、と全然痛くない拳で叩く将臣に素直に頭を下げると、くしゃりと撫でられる。

「先ほどの光……封印の力を使ったのか?」
「僕も、それは気になっていました。君はもしかして白龍の神子、なのでは?」
「――はい。私は白龍の神子です」

敦盛と弁慶の問いの両方に頷くと、平家の武士が駆け寄ってきた。

「春日殿! 敦盛殿、有川殿も……お探ししました。どうぞ、邸にお戻り下さい。皆が心配しております」
「わかった」

素直に頷き、踵を返す敦盛と将臣に、望美は一人弁慶の傍へと歩み寄る。

「私のこと、覚えていてください」

囁くと、一瞬見開かれた瞳がにこりと笑みを象る。

「ええ、もちろん」

その柔和な笑みに苦笑すると、九郎を振り返った。

「それじゃ、私も行きますね」
「あ、ああ」
「ありがとう、お嬢さん。また会いましょう――必ず」

鋭く光った琥珀の瞳を、まっすぐに見つめ頷く。

「さようなら、白龍の神子――……いえ、平家の神子」

静かな呟きを背に、望美は将臣と敦盛の元へと駆けて行った。

 * *

「不思議な奴だな」
「ええ」

いきなり現れ、剣を取ったかと思えば怨霊を消し去る。

「あいつは……何者なんだ」
「平家の者……というのは確かでしょうね」

望美達を迎えに来た武士は平家の者。
その武士に敬われていた少女。

「あいつがお前が言っていた神子とやらなのか?」
「……おそらくは」

福原の平家の元に龍神の神子が舞い降りたと、噂が上り始めたのは二年ほど前のこと。
龍神の神子とは、本来京の危機に召喚される存在。
それがなぜ、福原の平家の元に喚ばれたのか、弁慶にも分からなかった。
平家……清盛こそが、京を危機に陥れる存在だと言うのに。

「あいつが何者であろうと、邪魔立てするのなら容赦はしない」

ゆるぎない眼差しで望美の立ち去った方角を見つめる九郎。 兄を慕い、何よりも彼の役に立ちたいと望んでいる九郎にとって、平家に属するものは皆敵だった。
しかし、弁慶の考えは九郎とは違っていた。
怨霊を封印する力を持ちながら、怨霊を作り出す平家に与する望美。

「君はその可愛らしい仮面の下に何を隠しているのでしょうね?」

一見すると、ただの可愛らしい少女。
なのに、剣を取り、勇ましく舞うその姿は普通の少女のものではなかった。

「僕らも行きましょう。長居するのは得策ではありません」
「……そうだな」

平家の動向を探ろうと訪れていた矢先に怨霊に襲われた二人。
きっと平家が差し向けたのだろう。

「いずれまた会いましょう」

自分を覚えていて欲しいと、望美は言った。

「僕も知りたい。君が何を隠しているか……」

遙か昔の書物に描かれていた伝承の中の存在。
それが今、目の前にいるのだ。
白龍の神子。
平家の神子。
不思議で、それ以上に危険な……存在。
抑えきれない興味を胸に秘めながら、弁慶はその場を後にした。

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