平家の神子

将臣1、繰り返された悲劇

昼間の矢合わせが嘘のように静まった夜更け。
陣の中央で、惟盛は眠そうに目を細めた。

「本当に源氏は仕掛けてくるのですか?」
「ああ。闇に乗じて奇襲をかけてくる」

将臣の言葉に半信半疑の惟盛だったが、出陣前に何度となく神子と共に諭され、渋々ながら敵襲に備えていた。

「しかし義仲が軍勢は三万。我らの半数にも足らぬ」
「油断は禁物です、忠度殿」
「うむ……」

頷くも、やはりどこか楽観視している忠度に、将臣は眉を潜めた。
運命を変えたいと、将臣に告げた望美。
彼女の瞳には、ただ世話になったことへの愛着以上の想いが宿っていた。
油断なくあたりの様子をうかがいながら、頭の中で元の世界の歴史を思い出す。
本当なら地獄谷のあるここ砺波山に陣を置くことは避けたかった。 だが、先から越中を境に争っていたため、結局将臣の主張した小矢部川の防衛拠点は却下されてしまったのである。

「しかし、なぜお祖父さまはあなたにそれを……」

惟盛の言っているのは、将臣が纏っている鎧。
紺糸威。 それは重盛が使っていたものだった。

「有川殿は重盛殿によく似ておられますからね」
「……そうでしょうか?」

経正の言葉に、重盛の息子である惟盛は不服そうに扇で口元を覆う。
重盛は清盛の嫡男で、その跡を継ぐことを期待されていた者。 清盛に初めて会った時にも、似ていると将臣は言われていた。 今回の出陣の折に着るよう言われた将臣は素直に受け取ったが、本来ならば息子である維盛が譲り受けたかったのだろう。

「交換するか?」
「……結構ですよ」

将臣の言葉に維盛は拗ねたように顔をそむけた。

* *

突然響き渡った地響きに、惟盛はびくりと肩を震わせた。

「こ、この音はなんでしょう?」
「義仲の奇襲が始まったみてえだな」

押し寄せてくる光に、油断なく構える。
これは人の駆ける音ではない。
ではその正体は?

「………ッ!」

甲に走った痛みに手を見ると、そこには刃物で切られた傷。

「ひぃい! 物の怪です! 物の怪が襲ってきたのです!」
「落ち着け! これは物の怪の仕業なんかじゃねえ」

闇の中で突然斬られ、パニックを起こす惟盛を一喝して、将臣は篝火に照らされた影に目を凝らす。

「……牛だ! 牛の角に刀がくくりつけられてるんだ!」

真っ黒な牛に、火をつけた藁を尻尾にくくって追い立てる。 人よりも低く、早いその姿は夜の闇に埋もれ、気づいた時には場は混乱。 それが義仲の策だった。

「うわぁ! 足が切られた!」
「ぎゃああ! 刺された~!」

平家軍から悲鳴が上がると同時に、義仲軍が攻め入ってくる。

「落ち着け! 敵の数は変わらないんだ! 陣形を崩すな!」

将臣の声に、それぞれ隊を任されていた経正や望美が惑う軍をまとめる。
以前はここで敵の策が分からずに軍が混乱、崖へと追い込まれた。
だが―――。

「敵は三方に分かれて包囲している。……西の樋口を突破するぞ!」

本来ならば数で有利な平家側が、敵を誘い込んで包囲すればよいものを、山岳地帯に陣を置いたことが逆に不利を招いていた。
義仲本隊は東から。 巴御前ら率いる別部隊も、義仲に合流し始めている。
それならば、狙うは退路を塞ぐ樋口一隊。
敵の軍勢を見極め判断すると、本隊を惟盛に任せて西へと向かう。

「前に立つ奴は容赦なく斬るぜ!」

先陣を切って進む将臣に、望美が続く。

「離れるなよ!」
「うん!」

互いの背を守るように戦いながら、仲間のために血路を開く。

「樋口兼光……だな」
「その紺糸威……まさか貴様は小松の……っ!?」

重盛の鎧に驚く樋口に、将臣が刀を振るおうとしたその瞬間――!

「ぎゃああああ!!!」

闇を切り裂く悲鳴に、両軍が驚き振り返る。

「ば、化け物だ~~!」
「ひぃいい!助けてくれ~~!!」

逃げ惑う兵を飲み込むのは……巨大な狐の怨霊。

「怨霊だと?」
「な、なんだ!あれは!?」

驚愕に目を見開いている樋口。
怨霊は平家・源氏関係なく、その身を食らっていく。

「待て! そっちは地獄谷だ!」

決して南へ逃げるな。 そう通達していたにもかかわらず、混乱した兵たちはそのことを忘れ駆けていく。 必死に叫ぶが、パニックを起こした兵には届かない。

「惟盛! 兵を立て直せ!」
「み、皆の者! 落ち着くのです!」

将臣の怒号に慌てて惟盛が命じるが、時すでに遅し。
突然現れた怨霊に恐れおののいた兵たちは、我先にと逃げていく。

「怨霊に食われる! 早く、早く!」
「押すな! この先は道がない!」
「崖だ! 地獄谷だっ!」
「よせ! 落ちる……うわあああ!!」

追い詰められた多くの兵は、止まることも出来ず奈落の底へと落ちていった。

「私の兵たちが……!」
「く……っ。退くぞ!」
「な、何を言っているのです。そのようなことできるはずが……」
「現状を見ろ! このままだと全滅だぞっ!」

将臣の一喝に、惟盛は混乱した戦場に青ざめる。

「忠度殿。俺が道を作ります。あなたは惟盛を連れて先に行ってください」
「……あい、わかった!」

短く言葉を交わすと、怨霊に向かって駆けていく。

「ここで死ぬわけにはいかないんだよ!」

ザン! と重い一撃を食らわすも、怯む様は見えず。
標的を将臣に定めた怨霊は、大波のように襲いかかる。

「将臣くん!」

一筋の光。奇声を上げて一歩退いた怨霊に、望美は将臣の元へと走り寄った。

「大丈夫!?」
「ああ。お前こそ」
「私は平気。それより、封印するから手伝って」

剣を構え、前を見据えながら告げる望美に目を剥く。

「封印って、あんなでかいの出来るのかよ」
「できる、できないじゃない。やるしかない、でしょ」

そう……倒さねば源氏も平家も関係なく全滅するのだ。

「―――OK。いつでもいいぜ!」
「いくよ!」

切りかかった将臣の後ろで、望美の身体が淡く光る。

「めぐれ、天の声! 響け、地の声! かのものを封ぜよ!!」

眩い光が怨霊を包み込む。
―――が。
パリンッ!

「え?」
「望美!」

封印の光が砕け散り、自由になった怨霊は望美めがけて襲いかかった。 飛びかかるように抱き寄せた将臣は、庇いながら地を転がる。 どうにか攻撃を避けると、望美を庇いながら刀を構えた。

(なんとかこの化け物を引き離さねぇとな……)

油断なく見据えながら策を考えていると、突然左耳が熱くなる。

「………つっ!」
「将臣くん! それ……!」

望美の指差す先には、澄んだ青い石。 それは神子を守る八葉の証。
内から溢れ出る力を感じて望美の肩に手を置くと、彼女の持つ花に似た気と交わる。

「望美。準備、出来てるだろ?」
「え?」
「本気を見せてやる。――吹き荒れろ、狂風双嵐!」

内から溢れる衝動に身を任せると、激しい嵐が怨霊を飲み込んだ。
ギャアアアアア!
引き裂くような叫びに震える空気。

「倒した、の?」
「いや、逃げられた」

消えた怨霊に刀を下ろすと、望美の手を取り走り出す。
思いがけない怨霊の登場に、混乱を極めた戦場を必死に駆け抜ける。
とっさの将臣の機転で、忠度や惟盛など幾人かは逃げ延びることができたが、ほとんどの兵を失い、再び歴史は繰り返されてしまったのである。

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