平家の神子

38、敦盛

和議を成すためには、まずは平家一門の信頼を得なければならない。
そう決めた望美は、積極的に一門の者と関わりを持つことにした。
そうして気づいた敦盛の不在。 宴の時には在席していたが、それ以降はどこにいるのだろうと首を傾げるほど、その姿を見なかった。

「敦盛さんがどこにいるか知りませんか?」
「敦盛様なら……ご自分のお部屋かと」
「あ、部屋ですね。ありがとうございます」

礼を述べて身を翻した望美を、女房が慌てて引き止める。

「お、お待ちを! あの……敦盛様のお部屋には行かれない方が……」
「どうして?」

不思議そうに問う望美に、女房は口を濁す。
その様子に、望美は彼女が何を気にしているのか気がついた。

「私なら大丈夫ですよ。敦盛さんも」
「春日様?」
「教えてくれてありがとうございます。心配しないで、大丈夫ですから」

笑顔で告げて去っていく望美を、女房は複雑な表情で見送った。

 * *

女房と別れた望美は、歩きながら先程の遣り取りを思い出していた。

(敦盛さん、やっぱり気にしてるんだよね……)

以前の時空で知った、敦盛の秘密。
あの時も敦盛は自ら鎖をかけ、恥じるように人目を避けていた。
――今の敦盛は生者ではなく怨霊。
病で死したまだ年若い息子を嘆き、彼の父は死反を行い、再びこの世に呼び戻した。
だが、理を崩すその行為は以前のまま蘇ることを許さず、敦盛は怨霊としてこの世に舞い戻ることになった。

「敦盛さん? 部屋にいますか?」

御簾向こうから声をかけると、かすかな物音。

「お邪魔しますね」

返事を待たずに御簾を押し上げると、敦盛が驚いたように望美を見つめた。

「あなたは……春日殿」
「望美でいいですよ」
「……では、望美殿。どうしてここへ?」

戸惑いを隠せない敦盛に、にっこりと微笑んだ。

「敦盛さんとお話がしたかったんです」
「私と……話を?」
「あの宴以来、敦盛さんとお話してないなって思ったんです」
「…………」

望美の真意が見えないのか、黙り込んでしまった敦盛に、ふと思い出したことを問う。

「そういえば入道様はよく邸を留守にされてるけど、どうしてなんだろう?」
「……伯父上の本邸はここではなく、京にあるからだ」
「へ? じゃあここは別邸なの?」
「ああ」

敦盛の説明に望美は瞳を大きく見開く。
別邸というにはあまりにも立派で、今更ながらに清盛の権力を思い知る。

「伯父上はここ福原の地を愛されておられる故、こちらに別邸を建てられた」

確かに清盛は出逢った時、ここを『我が都』と誇らしげに呼んでいた。

「敦盛さんは皆のように京には行かないんですか?」

知盛も重衝も、彼の兄である経正も京に邸を持っているため、ここへは時々顔を出すぐらいだった。 しかし敦盛だけはずっとこの邸に滞在していた。
望美の質問に、敦盛は気まずそうに俯く。
その様子に、自分の失言に気づいて慌てて話を変えた。

「敦盛さんって笛が上手でしたよね?」
「いや、私の笛など取るに足らぬものだ」
「もしよかったら舞の練習に付き合ってもらえませんか?」
「舞? あなたは舞を舞われるのか?」
「その……ほんの手習い程度ですけど……」

前の時空で重衝に習い、その後は朔にも手ほどきを受けていた。

「やっぱり音があると舞いやすいんです。……ダメ、ですか?」
「……あなたが望まれるのならば」

懐から笛を取り出すと、そっと唇にあてる。
静かに流れる笛の音。

(やっぱり敦盛さんの笛……好きだな)

柔らかな笛の音にしばし耳を傾けていた望美は、すっと扇を開くと静かに舞う。
舞を舞うのは久し振りだったが、幾度か合わせ舞ったことのある敦盛の笛の音に、自然と身体が添う。 そうして穏やかな時が過ぎ、敦盛はそっと笛を下ろした。

「敦盛さん、ありがとうございました」
「いや……」

頭を下げると、敦盛の顔にふわりと笑みが浮かぶ。

「あなたは花のように舞われるのだな」
「え?」
「い、いや……なんでもない」

うっすらと頬を染めて俯く敦盛に、呟きを聞き損ねた望美は首を傾げた。

「よかったらまたお願いできますか?」
「ああ。……いや、私には近寄らない方がいい」
「嫌です」
「望美……殿?」
「私は敦盛さんと仲良くなりたいんです」

あなたを苦しみから解き放ってあげたいから――。
声にはせずに心の中で呟くと、にこりと笑って立ち上がる。

「ありがとうございました。またお願いしますね」

礼を述べ、そのまま返事を待たずに身を翻した望美に、敦盛は複雑な表情で御簾向こうを見つめ続けた。 部屋に漂う、花のような香りに惑いながら。

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