源氏の拠点・鎌倉。
頼朝の求めに応じ、九郎と共に平泉から駆け付けた弁慶は、そのまま源氏に与するようになった。
純粋に兄を慕う九郎。
しかし、弁慶は頼朝が九郎のような情を抱いているとは思っていなかった。
ほのかな灯りのもとで紐解くのは、こつこつと集めた書物。
その中でもひときわ貴重なものが、今開いている龍神に関するものだった。
先日、景時の妹・朔から聞いた話。
それは古き伝承に眠る龍神の神子についてだった。
「黒龍の神子に続いて、白龍の神子も現れましたか」
百年前、末法の世に混乱した都を龍神の力で救ったという白龍の神子。
彼女が再び喚ばれたように、京の都は危機にさらされていた。
――己が一門の繁栄を願う清盛によって。
「あなたの思惑通りにはさせませんよ、清盛殿」
二月前、上京した弁慶はある呪法を執り行った。
清盛がかけた応龍を操る呪詛を、滅するものへと変える呪法を。
源氏に与する前、清盛に興味を抱いていた弁慶は、薬師として平家に出入りしていた。
そんな経歴に目をつけた頼朝の命で、平家を探るようになり知った、応龍への呪詛。
福原への遷都が叶わないと知った清盛は、龍脈に呪詛の種を埋め込み、龍神を操ろうとしていた。
その忌むべき所業によって龍脈は穢され、京の都は静かに荒れ始めていた。
だが―――。
「あなたの野望は僕が打ち砕いて差しあげましょう」
近い未来に応龍は呪詛で消滅する。
その時、清盛の野望も終わるのだ。
手元の書物を横に置くと、暗い廊下を歩いていく。
ふと見上げた夜空に浮かんだ十六夜の月に、弁慶はそっと目を細めた。
「白龍の神子……」
応龍の陽の半身に選ばれた、怨霊を浄化し、封印しうる力を持つ神子。
彼女が舞い降りたのは荒廃する京の町ではなく、福原――清盛の元だった。
「天は平家の存続を望む、ということでしょうか?」
京を守るはずの神子が、京を穢す者の元に身を寄せる矛盾。
「……一度会ってみたいものですね」
白龍の神子――平家の神子。
まだ見ぬ神子を想い月を見つめると、弁慶は邸の中へと身を翻した。
源氏の軍師が平家の神子と出会うのは、この少し後のこと――。
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