清盛が亡くなり活気が失われた邸で、望美は一人考えていた。
突然の熱病で、あっさりとこの世を去ってしまった清盛。
彼がここで亡くならなければ、平家の運命は変わっていたのではないだろうか?
しかし、望美には清盛の死を変えることは出来なかった。
怨霊を浄化する力は持っていても、病を癒す力はないのだから。
「先生の言う通りなんだ……」
以前、望美が運命を変えたいと言った時、リズヴァーンは『変えられぬ運命』というものが存在することを教えてくれた。
清盛の死もまた、望美には変えられぬ運命だった。
(私は本当に平家を滅亡の運命から変えられるの?)
変えられぬ運命を目にして戸惑う心。
こつん、と立てた足に額を落とすと、御簾を払う音がした。
「重衝さん……」
「お声をかけたのですが返事がなかったので……勝手な訪いすみません」
柔らかく微笑む重衝に、望美は身を起こすと、傍らへ腰を降ろした彼を見つめた。
(そういえば重衝さんは大丈夫なのかな?)
前の時空同様、彼の苦しみを目の当たりにした望美。
その時の出来事を思い出し、わずかに身を引くと重衝が困ったように微笑んだ。
「……すっかり警戒されてしまいましたね」
苦しみのあまり、重衝は望美を抱いて一時の快楽に逃げようとした。
それを叱咤し、彼の悲しみを受け止めた望美。
それでもやはり二度までも押し倒されるという経験に戸惑わずにはいられなかった。
「憂い顔も大層美しいですが、やはり神子様には笑顔の方がお似合いですよ」
告げられた甘言は、しかし望美を思い労わるもの。
重衝は望美を気遣い、やってきたのだと悟り、望美はかすかに笑みを浮かべた。
「ありがとう、重衝さん」
そう、落ち込んでなどいられないのだ。
望美には成さねばならぬことがあるのだから。
そう己を奮い立たせて、深い嘆きを抱える重衝を見る。
時空を隔てれば、もしかして彼の苦しみも癒すことが出来るのだろうか?
ふとよぎった考えに、しかし目を伏せる。
もしも時空を越え、運命を変えられたとしても、再びこの時空へと戻れるのかはわからないのだ。
(ごめんなさい……)
出来ることなら重衝が苦しむことのないよう、過去を変えてあげたい。
けれども、全てを選びとることは不可能だった。
それでも――。
「守るから」
「神子様……?」
そう……その願いだけは決して譲れないから。
胸の奥呟いて、重衝を見る。
あなたの苦しみを消すことは出来ないけれど、それでもあなたが大切にしているものは守って見せるから。
「……そのように熱い瞳で見つめられると、期待したくなりますね」
「え?」
「姫を恋うものに課せられる難きことを成したならば、どうぞお覚悟を……と以前申しましたでしょう?」
それは重衝と初めて会った時に告げられた言葉。
「重衝さんはすぐにそういうことを……っ」
「私はいつでも本気ですよ」
囁いて、真実とばかりに手を取り甲に口づける。
「し、重衝さん……っ」
「私があなたの傍におりますことを、どうかお忘れなく……」
微笑む重衝に、望美はまたしても彼のペースに流されていることにため息をついた。
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