平家の神子

1、異界への召還

「おい、どうした?突然立ち止まって」
「何か聞こえなかった?」
「あ? 別に何も聞こえないぜ。気のせいじゃねーか?」
「そう、かな……」

立ち止まっていた望美は、首を傾げながら将臣の後を追う。
二人がいるのは校舎を繋ぐ渡り廊下。
同じクラスである将臣と望美は、次の授業のための移動教室の途中だった。

「次なんだっけ?」
「古文だよ、お前当たるとこだろ?」

前方から聞こえてきた声に目を向けた瞬間、再び響いた鈴の音。

「あ、またこの音……」

どこからともなく聞こえた音に、望美が何気なく外に目をやると、そこには雨の中佇む少年。

「君、どうしたの? そんな所にいると濡れちゃうよ」
「あなたが私の――神子」

異国の衣装をまとった淡い水色の髪の少年が微笑んだ……瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。

「え?」

驚き目を見開くと、突然の水が望美を飲み込んだ。

「望美!」
「先輩!」

傍には同じく川に飲み込まれかけている将臣と譲の姿。

「将臣くん! 譲くん!」
「望美……っ!」

必死に手を伸ばす二人に、望美もその手を掴もうと伸ばす。
その手が将臣の指を絡めた瞬間、辺りが眩い光に包まれた。

 * *

「ん……」

目を開けた望美は、ぼんやりと空を見上げた。

「ここは……?」

指先に感じた土の感触に身を起こすと、そこはどこかの神社らしき敷地の中。

「え? なんで? 私、学校にいたはずじゃ……」

突然の出来事に混乱しながら、望美は先程の出来事を思い出す。

「……っ! 将臣くん? 譲くん!?」

共にいた幼馴染を探すが、二人の姿はなく。
突然奇怪な叫び声が耳に届いた。

「フシュウゥゥ……!」

振り返った先にいたのは、おぞましい化け物。
あまりに現実離れしたその状況に、望美は信じられない思いで目の前の存在を見つめた。
鎧を纏った骸骨は、虚無の瞳に望美を捉えた瞬間、剣を振り上げ襲いかかってきた。
身を守るものなどあるはずもなく、とっさに腕をかざした望美に振り下ろされる剣。 その剣に石つぶてが当たって弾けた。

「望美っ!!」
「将臣くんっ!!」
「逃げるぞ!」

見知った姿に安堵するが、目の前の異常事態がなくなったわけではない。生命の危険を訴える本能に二人が逃げ出そうとした瞬間、別の悲鳴が響き渡った。
振り返ると、ちょうど望美たちとは反対の方向に腰を抜かした武士と、黒髪の女性の姿があった。

「将臣くん! あの人たちを助けなきゃ!!」
「チ……ッ!」

将臣は舌打ちすると、辺りを素早く見渡す。
しかしそこに武器になるようなものはなかった。

「お前は逃げろ!俺が何とかする!」
「将臣くん一人じゃ危ないよ! 私があいつの気をひくから、その隙に将臣くんはあの人たちを助けて!」
「馬鹿野郎! お前にそんな危ないことさせられるかよっ!!」

将臣が怒鳴るが、獲物を別に定めた怨霊の剣は今にも二人に切りかかろうとしていた。
弾かれたように駆け出すと、望美は怨霊の背に体当たりした。
がくりと体勢を崩した怨霊に、素早く二人の前に出るとすっかり怯え、震えるだけの武士の腰に下がる刀に目を留めた。

「……刀を貸して!」
「なっ、死ぬ気か!?」
「いいから、早く!!」

武士を叱り飛ばして刀を受け取ると、望美は怨霊に刀を構え、向き直った。

「やあっ!」

剣道などまるで分らない望美は、ただがむしゃらに切りこむ。
そんな彼女の後ろで、着物をまとった女性は祈るように手を組んだ。

「鎮まって……お願い」

宥めるような優しげな声に、ぴたりと怨霊の動きが止まる。
その瞬間、将臣は望美から刀を奪うと、怨霊に向かって振り下ろした。
ガラガラと崩れた怨霊に、ほっと安堵の息を漏らしたのもつかの間、ひきつった悲鳴に振り返れば、今崩れ落ちたはずの怨霊が鈍い動作で起き上がろうとしていた。

「そんな……どうすれば……」

不安を口にした瞬間、辺りに鈴の音が響き渡った。

「あなたがもしかして……」

怨霊を鎮めた女性は、望美に手を差し出した。

「怨霊は刀だけでは倒せないの。でもあなたならば、あの悲しい魂を解き放つことが出来るかもしれないわ」
「私が?」

驚く望美に女性は頷き、悲しげな瞳で怨霊を見た。

「どうかあの怨霊を救ってあげて。私も力を貸すわ」
「……わかった」

ゆっくりと息を吐くと、目を閉じ意識を落ち着かせる。
と、自然と言葉が口をつく。

「めぐれ、天の声」
「響け、地の声」

望美の声に、女性の声が重なる。

「かのものを封ぜよ!」

二人の声が辺りに響くと同時に、眩い光が怨霊を包む。
すると、怨霊は光の欠片となって消えていった。

「……化け物が、消えた……? おいおいおい、何がどうなってるんだよ」
「二人とも、助けてくれてありがとう。私は朔、梶原朔というの」
「私は春日望美。こっちは幼馴染の将臣くんだよ」
「二人はどうしてこんなところに?」
「それが良く分からなくて……」

将臣と顔を見合わせ、望美がため息をつく。

「朔殿、早く戻らなければお待ちの方が……」
「ええ、わかっているわ。望美、もしも困っていたら鎌倉の『梶原』を訪ねて来て。あなたたちならいつでも歓迎するわ」
「ありがとう、朔さん」
「そんな風にかしこまらないで。朔、と呼んでくれると嬉しいわ」

気さくに微笑む朔に、望美は頷くと二人を見送った。

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