平家の神子

番外編1、対なる存在

「感じる? 黒龍」

振り返った黄衣の少女に、黒の異国装束を纏った長身の男は気配を探るように遠くを見つめ、頷いた。

「ああ。陽の気……私の半身の気配がある」
「白龍がこの地にいるの?」

黄衣の少女・朔の傍らに立つ長身の男は、京を守護する龍の半身・黒龍。
一月前、突然朔の元に現れた『龍神』であった。
応龍の半身である黒龍に選ばれた神子・朔は、かの龍神の言葉で鎌倉からはるばるこの福原へとやってきていた。

「でも、あなたと分かれてずっと、気配はなかったのでしょう?」

助けを求め、朔の元へとやってきた黒龍は『白龍はいない』と以前言っていたのだ。
そのことを問うと、黒龍は眉を寄せ、言葉を考えつつ口にする。

「白いのはいない。でも、半身の気を分かつ者がいる」

人の姿を模しているとはいえ、やはり神たる黒龍の言葉は理解が難しく、朔は困ったように小首を傾げた。 と、突然黒龍が苦しげに顔を歪めた。

「黒龍! どうしたの?」
「……穢れが近い。嘆き……救いを求める声が……」
「待っていて。この先に神社があるから、そこでお水をもらってくるわ」
「……神子……ダメだ……っ」

制止するが、すでに駆け出していた朔にはその声が届かなかった。

* *

供のものと神社で神水を分けてもらった朔は、黒龍の元へ戻ろうと身を翻した。
瞬間、粟立つような気配を感じたかと思うと、そこに異形のものが現れた。

「ひぃ! お、怨霊だ~っ!」

驚き、腰を抜かした供の武士に、鎧武者のような怨霊は虚ろな目を向けた。
瞬間、聞こえた嘆きの声。
それに朔が驚いていると、怨霊はゆったりとした歩みで2人に襲いかかってきた。
そんな2人の前に、駆け寄ってきた紫苑の髪の少女は、刀を要求すると怨霊に向かって切りかかっていった。 怨霊の狙いが少女に移ったことに気づき、朔は気持ちを静めそっと瞳を閉じた。

「鎮まって……お願い」

宥めるような優しい声で怨霊に語りかける。
この身に響く、嘆きの声。
それは怨霊のものだった。
朔の呼びかけに動きを止めた怨霊に、もう一人の少年が少女の刀を奪い、切りつける。
力任せの剣だったが、それでも骸骨はガラガラと崩れ落ちた。
だがそれは一瞬のことで、すぐにまた起き上がってきた怨霊に、四人の顔に焦りが浮かぶ。
瞬間、辺りに鈴の音が響き渡った。

『神子……』
「黒龍?」
『嘆きの声……哀れなあの存在に救いを……』
「救いって……どうすればいいの?」
『願って。あの者が救われることを。あなたの想いはあの存在を宥め、わが半身に選ばれし者が救いを与える』
「半身に選ばれた者? もしかして……」

黒龍の言葉に、朔は目の前の少女を見遣った。
響く鈴の音は2つ。
1つは朔を神子に選んだ黒龍のもの。
そしてもう1つは――。

「怨霊は刀だけでは倒せないの。でもあなたならば、あの悲しい魂を解き放つことが出来るかもしれないわ」
「私が?」

驚く少女に頷くと、死してなお苦しみ続ける哀れな存在を見つめた。

「どうかあの怨霊を救ってあげて。私も力を貸すわ」
「……わかった」

朔の言葉に少女は同意すると、目を閉じた。
意識を静め、呼吸を合わせる。
と、自然と言葉が口をついた。

「めぐれ、天の声」
「響け、地の声」

少女と朔の声が重なる。
そして目を開け、視線を合わせると、二人は声をそろえ斉唱した。

「かのものを封ぜよ!」

二人の声が辺りに響くと同時に、眩い光が怨霊を包み込み、そして光の欠片となって消えていった。

「やったね!」
「あなたのおかげよ」

嬉しそうに振り返った少女に、朔も微笑み返す。

「二人とも、助けてくれてありがとう。私は朔、梶原朔というの」
「私は春日望美。こっちは幼馴染の将臣くんだよ」
「よろしく、ってのも変なもんだな」

望美に紹介された少年は、人のいい笑顔を浮かべながら困ったように眉を下げた。
なにやら事情はわからぬが困っているらしい2人に、朔は微笑みかける。

「もう少し話していたいのだけれど、人を待たせているの。もしも困っていたら、鎌倉の『梶原』を訪ねて来て。あなたたちならいつでも歓迎するわ」
「ありがとう、朔さん」
「ふふっ、そんな風にかしこまらないで。年も近いと思うの。朔、と呼んでくれると嬉しいわ」

嬉しそうに頷いた望美に、朔は軽く会釈すると黒龍が待つ方へと戻っていった。

* *

「黒龍、大丈夫?」
「ああ。五行の乱れに影響されただけだ」
「そう……」

龍脈が穢され、朔の元へ救いを求めてきたことを思い出し、顔を曇らせた。
本来ならば、1対の存在と共に応龍となって京を見守っていた黒龍。
しかし、その力の源である龍脈が穢され、力を失った応龍は2つにわかたれ、それぞれ神子を求めたのだった。

「ねえ、黒龍。あの子があなたの半身・白龍によって選ばれた神子なの?」
「ああ。白いのに選ばれた者だ」

頷く黒龍に、朔は先程出逢った少女のことを思い出す。
望美と名のった、紫苑の髪の少女。
翡翠の瞳は、純真でまっすぐな彼女の気性を表していた。

「また会えるといいのだけれど……」
「会えるよ。神子とあの者は対の存在。陰陽の理が2人を引き寄せるから」

ろくに話もせず、別れてしまったことを悔やんでいたが、黒龍の言葉にふわりと微笑む。

「あなたがそう言うのなら、きっとまた会えるわね。私の対に」

きっと自分を選んだ龍と同じく、彼の半身である白き龍を連れて。
その日が来ることを疑うことなく、朔は愛しい彼女の龍神と共に鎌倉へと戻っていった。

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