平家の神子

2、浄海入道

「ここ、どこなんだろうね」

朔と別れた望美は、辺りを見渡しため息をついた。

「さっき朔が『鎌倉』って言ってなかったか?」
「じゃあ、ここは鎌倉なの?」
「……鎌倉ってことはないだろ。あんな化け物が出るなんて聞いたことねえだろ?」
「そうだよね……。もっとちゃんと朔に聞いておけば良かったね」
「そうだな」

急いでいるらしい彼女を引き止めるのは悪くて、ろくに話もせず見送ったのは痛かった。

「とりあえず移動しようぜ? こんな化け物がうようよいるんだ。早いとこ、譲を探さないとな」
「うん!」

一緒に流されたはずのもう一人の幼馴染・譲。
もしもこんな危険な世界に一人でいるのならと、望美は将臣と共に必死に探し歩く。
けれど刻々と時間だけが過ぎていき、気づくと辺りは闇に包まれていた。

「譲くん、いないね……」

港らしき場所に出た二人は、疲れたように肩を落とした。 譲だけはこの世界に来てはいないのだろうか? そんな疑問が浮かぶが、もしも一人だけ離れた場所に降り立っただけなら早く探してあげなければ、どんなに心細い思いをしているだろう。
そんな思案に囚われていた望美の耳に聞こえた奇声に身を強張らせると、ゆらりと近寄ってくる怨霊が三体。 とっさに朔と行った先程の封印ことを思い出すが、何をどうすればいいかわからず、望美は途方に暮れたように怨霊を見つめた。

「逃げるぞ!」

望美の手を取り駆け出す将臣に、引かれるように共に駆ける。

「はぁ……はぁ……だめだよ、将臣くん。追ってくる!」
「くそっ、こっちだ! あの邸へ!」

後を追ってくる怨霊に顔をしかめると、将臣は目の前の塀に飛び乗り望美の手を引いた。
邸の中までは追いかけてくる様子はなく、ほっと息を吐き出した……瞬間。

「……何者だ!」

振り返ると、刀を持った男が二人を訝しんでいた。

「外が騒がしいと思って来てみれば……怪しい奴。大相国様の邸に無断で忍び込むとは……」

刀に手を添え、今にも切りかかりそうな男に、将臣は望美を背に庇いながら、この窮地を脱する手立てを考える。 が、容赦なく振り下ろされた刀に、とっさに望美を突き飛ばすと、掠めた腕から血が流れおちた。

「将臣くんっ!!」
「――何事だ」

緊迫した場に響き渡った深く低い声に、さらに将臣に切りかかろうとしていた男は慌てて刀を降ろすと、邸の中から見下ろす僧に向かって頭をたれた。

「……ここで、何をしておるのだ?」
「はっ、邸に忍び込んでいたこの者らを……」
「我は、この者に聞いておる。そなたらは、下がるがよい」
「しかしっ、大殿に危害を加えぬとも――」
「……二度は言わぬ」
「――っ! ……御意」

簡潔に命を下す僧に、男は慌ててその場を去った。

(すごい威圧感だ……この人の周りだけ空気が張り詰めている)

老いたる相貌に似合わず、高圧的な雰囲気を持つ僧に、望美は息を呑んだ。
そんな望美に将臣は立ち上がると、髪に手をやりながら口を開いた。

「あー、そのなんだ。よくわかんねぇけど、あんたのおかげで助かったぜ。礼を言う」
「ま、将臣くん!?」
「……邪魔者は去った。もう一度、問おう。ここで、何をしておる?」
「ああ、外で化け物に囲まれて逃げてきたんだ」
「怨霊か……最近とみに姿を見るようになった」
「あんなのが普通にいるもんなのか? そもそもここはいったいどこなんだ?」
「ほぅ、ここがどこだかわからぬのか?」

僧は一度言葉を区切ると、自慢げに告げた。

「ここは、福原――我が都だ」
「福原? そんなにいいとこなのか、ここは」
「……フフ。面白い男よ。我が怖ろしくはないのか?」
「怖ろしい? なんでだ? いきなり斬り捨てようとするやつの方がよっぽど怖いぜ」
「フフフッ、フハハハハハッ! やはり、似ている」

将臣の答えに、僧が楽しげに笑う。

「あ? 誰にだよ?」
「――我の、息子だ。これも、何かの縁やもしれぬ。もし行くあてがないのなら、我の元へ来るがよい。歓迎するぞ。我は、浄海入道。そなたら、名は?」
「俺は、有川だ。有川将臣。で、こっちにいるのが……」
「春日望美……です」
「そうか。望美に、……将臣か」

僧は二人を……特に将臣を慈しむように見つめると、邸へと促した。

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